【連載第5回/2017.05】東京大学 藤本教授 在外研究エッセイ 「21世紀の産業分析―上空・低空・地上を複眼的に観る」 

東京大学大学院 経済学研究科 教授 
東京大学ものづくり経営研究センター センター長

藤本 隆宏

*現在、米国ハーバード大学在外研究中。
レイヤーズ・コンサルティング「ものづくり賢人倶楽部」ファシリテーター

 21世紀も20年近くたった今、この世紀が複雑な時代であることが明らかになりつつあります。20世紀後半は、冷戦期という世界二分の異常な時代でしたが、東西南北の壁が崩れた「ポスト冷戦期」が1990年ごろ始まり、これとデジタル情報革命が時期的に一致し、グローバル化+デジタル化の時代が現在まで続いています。
 
 私は、こうした時代の産業を、上空、低空、地上という3層のアナロジーで理解するようにしています。

 まず「上空」は、今や地球を覆うICT・インターネット・サイバー層であり、電子や論理で駆動する「重さのない世界」です。設計思想は業界標準インターフェースで部品など補完財がつながったオープン・モジュラー・アーキテクチャ寄りで、補完財とのネットワーク外部性が効くため、巧みなアーキテクチャ戦略とコア技術を併せ持つ少数の企業(インテル、グーグル、アップルなど)が独り勝ちに近い成果を上げ、トヨタなどを凌駕する巨大な株式時価総額を誇りますが、栄枯盛衰も激しい分野です。この層は米国企業が圧倒的に強く、日本企業は残念ながらお呼びでありません。

 この上空世界においては近年、情報処理能力の指数関数的拡大、AI(人工知能)、ビッグデータ、ディープラーニングなどにより、不可能だったことがどんどん可能になるという技術的楽観論が支配的です。その発信源はたいていアメリカです。

 これに対し「地上」は、自動車、航空機、生産設備、発電設備など、重さのあるフィジカルな人工物が稼働する世界であり、その設計は物理法則に大きく影響されます。この層では、21世紀は安全・環境・エネルギーなどの制約がどんどん大きくなっており、制約条件下での人工物の設計、つまり機能と構造の連立方程式を解く企業活動はどんどん複雑化しています。厳しい最適設計が要求され、アーキテクチャはクローズド・インテグラル寄り。近年のトヨタ、VW、三菱自動車などの問題を見てもわかるように、自動車の設計は制約条件下で極端に複雑化・困難化し、可能だった設計が困難化するとの悲観論もあります。しかし逆にいえば、設計チームの調整能力の高い日本の優良企業の現場は、こうした複雑な人工物の開発生産では、ドイツなどと並び比較優位を持つ傾向があります。この世界のデジタル化はNC、アクチュエータ、センサー、FAなど、モノを制御するデジタル化です。

 上空と地上、この2つの層は、従来は別々に発展してきましたが、この2層がつながり始めたのが、「4.0」「IoT」などと表現される現在の状況です。つなぐのは、ICT-FAインターフェース、サイバーフィジカルなどと言われる層で、ここのインテリジェント化、標準化を誰が主導するかがポイントです。IBM、GE、シーメンスなどが名乗りを上げる一方、日本勢は工夫しないと「天下三分の計」に失敗し草刈り場となる恐れもあります。

 制空権を握る米国からは「上空」本位の楽観論が大量に発信されていますが、工場のAI化にせよ自動車の自動運転にせよ、上空・地上・低空を複眼的に見る多面的思考を持たないと、地に足のつかぬ空論に振り回される危険があります。地上で強みを持つ日本の優良現場には、上空の制空権は当面握られているとの認識を前提に、低空領域での主導権をどう確保し地上での強みを維持するかが、企業横断的・産業横断的に問われていると思われます。より具体的な話はまたの機会に。

第6回へつづく