【連載第7回/2018.02】東京大学 藤本教授エッセイ 「ニュース消費におけるソーシャルメディアと既存メディア」 

東京大学大学院 経済学研究科 教授 
東京大学ものづくり経営研究センター センター長

藤本 隆宏

*レイヤーズ・コンサルティング「ものづくり賢人倶楽部」ファシリテーター

ここでは、私が滞在先のハーバード大で聴いた、Boczkouwskiノースウェスタン大教授の話の続きについて紹介します。テーマは、ソーシャルメディアを通じた「インシデンタルな(偶発的な)ニュースの消費」です。ここでは、フェイスブックやツイッターといったソーシャルメディアのサプライヤー側ではなく、それを消費をする大衆の側を見ていきます。

ちなみに、ここで「ニュース」と言っているのは、近所の噂など、直接知っている個人をニュースソースとするものではなく、いわば「ナショナルニュース」のことです。また、対面のコミュニケーションは1対1が基本ですが、ソーシャルメディアは100人あるいは1,000人とコミュニュケーションをとる、という違いがあるわけです。

次に、「ニュースを読む」(read) ということについて。ソーシャルメディアでニュースを消費する人々は、通常は「ヘッドライン」のみを見ます。興味があればクリックをして自分の電子メールに送り、後で読もうと考えますが。しかし、あとでゆっくり座って読む時間は、結局たいていはありません。

これに対して既存のメディア、例えばニューヨークタイムズ、ワシントン・ポスト、CNNなどは全体として、差別化されていない1つの塊として認識されています。いわば文脈が解体(decontextualize)されている。そしてその後に文脈の再構築(re-contextualize) が行われる。この結果、既存メディアの場合に存在した、メディア自身が作って押し付ける、トップニュースを頂点とする「ニュースのハイアラーキー」は、もはや崩壊しているわけです。

ソーシャルメディアでニュースを消費する人々は、例えば移動してる時に、短い時間でヘッドラインのみを読みます。あるいは150文字のツイッターの内容を短時間でさっと見ます。移動中に広く浅く読み、目的地に着いたら一旦、ヘッドライン読みは止める。いわば時間つぶしとしてのニュースの消費です。あるいは、料理中、移動中など、深く読む時間がない時に、瞬間的にニュースの表面のみを「広く浅く」消費するのです。

こうしたソーシャルメディアによるニュースのヘビーな消費者は、一般に既存メディアに対する不信感が強いようです。いずれにせよ、デジタル情報革命により、誰がいつどのニュースをクリックしたか明確にわかるようになった点が、既存メディアとの大きな違いです。

ソーシャルネットワークによるニュース消費の時代においては、ニュースの読み方が、深さよりも広さを重視する方向に移行しています。現代のニュースの消費者は、情報にいわば取り囲まれていますが、その中で、ニュースを深く読む人々は、いわば全体の10%に過ぎず、90%は、ヘッドラインのみを読むような、浅く読む人たちです。

もっとも、スポーツ中継や大災害時は、より長く見る傾向があり、少し違いますが、そうした場合も、テレビ等と並行して、たいていソーシャルメディアも同時にチェックしている。今のアメリカの18歳から25歳位の若者は、仮にフットボールなどのスポーツをテレビのスクリーンで見ているとしても、たいていはスマホのソーシャルメディアを同時にチェックしており、むしろそっちがメインのニュース源で、テレビは、いわばその補完的な背景情報にすぎないようです。

つまり、15分かけて新聞を読む人間はいまや少なく、10秒でヘッドラインや150字の短い文章を読む。アメリカの若者世代では、テレビなどはいまや脇役です。こうした「広く浅く」の傾向が、政治の世界でのポピュリズムなどにつながるとよく言われます。しかし、もはや「既存メディア」に対するノスタルジーは捨て、現実を直視すべきかもしれません。つまり、テレビや新聞も、10秒でニュースを消費する人々にどう対応するか、モニターのユーザーインターフェースの設計も含め、真剣に考えるべき時かもしれません。

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