2020.3.23

【Vol.7】LAYERS’ Business Insight 「ものづくりの現場に革新 デジタルツインの可能性とは」

#マスカスタマイゼーション #デジタルツイン #デジタル戦略 #セミナー

 レイヤーズ・コンサルティングは、1月30日(木)にイイノカンファレンスセンターで、「次世代ものづくりの新潮流 デジタルツインによるフロントローディング」と題したセミナーを開催いたしました。基調講演ではRobert Bosch Engineering and Business Solutions様およびSAPジャパン様より事例を交えてご講演をいただきました。
 Robert Bosch Engineering and Business Solutions様からはデジタルツイン導入の活用と効果および課題と将来の展望について、SAPジャパン様からは『デジタル化時代に統合と連携が改めて重要である理由』と題して、自社サービスにおける製品・製造情報のデジタル化や、デジタルツインを核とした企業間コラボレーションの新しいソリューションについてご紹介いただきました。
 デジタルツインはものづくりなどの生産現場に革新をもたらすテクノロジーとして注目を集めています。その技術提供を担うソフトウェア企業および、さらにその技術を活用し、生産革新のドライバーとしてサービスを提供する事業会社の二つの視点をとおして、デジタルツインを効果的に利活用する方策をお届けいたします。

事例紹介
【Boschにおけるデジタルツイン導入】

Kaushik Pal 氏
Robert Bosch Engineering and Business Solutions
Country Manager (Japan, Korea)
IT及びエンジニアリング業界で15年以上の経験。
2017年以降、Bosch Engineering Solutionsとして日本でのスマートマニュファクチャリング、その他新技術をリードする責任者。過去に、営業ディレクターとしてヨーロッパ・インドの大手自動車・製造業の顧客を担当。コンピューターエンジニアリングと経営管理を卒業。

■ マスカスタマイゼーションを実現
 ボッシュのデジタルツインによるIndustry4.0の重要なポイントは、我々の製品によって短い開発サイクルで、マスカスタマイゼーションを可能にしているということです。そして多くのコスト削減を生産プロセスおよび開発プロセスで実現しています。現場で使われている製品のリアルタイムのモニタリングができるだけでなく、現場でどのように製品が挙動するかを推測することも可能となっています。

 風力発電施設や製紙工場、セメントプラント、化学工場、ガスと蒸気による発電所などに共通することは、それらが非常に大きく複雑な施設で、運用コストがとても高いという点です。これらの施設は24時間監視が必要ですし、スペアパーツの供給も重要となります。アクセスが困難な場所にあるなどの条件を踏まえますと、デジタルツインは非常に重要な役割を果たします。デジタルツインにはさまざまな定義がありますが、ボッシュでは物理的な資産や物理的なプロセスがあれば、デジタルでレプリカを製作することが可能です。これがさまざまなフェーズで行われており、3Dモデルを作って終わりというわけではなく、デジタルで製作されるレプリカは資産全体のレプリカであり、プロセスのレプリカでもあります。つまりはその資産が動いている環境全体のレプリカであることを意味します。

 デジタルツインを作成する上で自然的知能と運動力学モデルが二つの重要なポイントです。自然的知能とは製品の開発チームやユーザー、生産マネージャーとのディスカッションのあとに作られます。運動力学モデルも必ず考慮します。基本的なセンサー、化学、物理、流体学などでシミュレーションされた環境において、試算を分析するのに運動力学モデルが非常に役に立ちます。

■ デジタルツイン戦略に三つのレイヤー
 ボッシュではデジタルツイン戦略として三つのレイヤーがあります。センサー、ソフトウェア、サービスのレイヤーです。最初の段階としては、資産とどのように通信するかを考えます。これはセンサーを施設に設置するというだけではなく、どのようなデータを取得できるのかも検討します。つぎに、どのようにデータを使い、何を推測できるのかを検討します。この推測はバーチャルセンサーと言われています。センサーとシステムとの通信を確立できれば、それを元にその資産のデジタルモデルの構築に取り掛かります。このデジタルモデルを構築する際に重要なことは、まずは障害が発生するモデルを作ることです。なによりも、どのような条件で障害が発生するかを理解することが重要です。資産のどの部品に障害が発生すると資産全体が止まってしまうのかをすべて理解する必要があります。つまりエンドカスタマーにパフォーマンスマネジメントができるのか、資産全体の最適化が必要なのかということです。実際の動作と計画を比較することもできますし、分析も可能になります。そして、どのような箇所に故障が発生し得るかという推測も可能になります。

我々はデジタルツインをさらに四つに分類しています。「プロダクトツイン」は同一の資産が規定された範囲で動いているケースです。「アプリケーションツイン」は非常に複雑で、同一もしくは異なる資産が非常に広い範囲に設置されているケースです。三つ目の「システムツイン」は一つの大きな資産が定義された領域で動いています。例えば工業関連の機器ですね。非常に大きな機材ですが、限られた領域で動いています。四つ目は「プロセスツイン」。例えば溶鉱炉です。ボッシュでは主に「プロダクトツイン」と「アプリケーションツイン」を行ない、「システムツイン」でも詳しい分析をしています。

■ デジタルツイン構築には高潔なデータ
 ここからはボッシュとしてデジタルツインをどのように構築していくのかを説明していきます。非常に大きな風力発電プラントを例に取ります。これは「アプリケーションツイン」の例ですが、複雑で管理も大変ですし、非常に広い範囲に設置されているという例になります。最初のステップとして、デジタルツインの構築を開始する前に現場のデータが正しいかを確認しなければなりません。正しいデータを集めているのか、また持続して正しく分析できるのかを検証します。センサーを設置する場所を検討するために正しい知識を持っているか、正しい運用環境を持っているか、どのような条件でデータが壊れるのか、見逃している重要なデータがないのか、も検証します。正しいデータを集められるようになると、センサーを入れて、どのようなデータを集める必要があるのか。ランダムなシグナルなのか、定義されたシグナルなのかを把握します。どのような異常値や例外ケースがあるのか、データが適切なのか、ランダム性があるのかなど、データを集めるだけではなく、どのようにデータを集めるのかについて正しい知識が必要になります。これらをフィールドデータの“高潔さ”と呼んでいますが、これがなければ正しいデジタルツインを構築できません。

 次にエンジニアリング的な項目に入っていきます。例えば資産では様々な事象が発生しております。デジタルツインが登録されますと、IBGTゲーティングの一貫性が失われていることや、収益の損失も分かります。考えられるスペア部品の金額も計算でき、すべてダッシュボードに表示されます。さらに例えばギアボックスのシャフトにヒビが発生しているとします。風車での障害が発生すると、送電線でショートが発生する可能性があります。こういった情報が資産だけではなく、考えられるリスク、その最小化、考えられるコストを元によりスムーズな機能を実現するための情報が表示されます。

次のステップですが、それぞれの資産の整備履歴も確認できます。こういったデータが一つのソースとして単一の情報源として提供されるようになりますと、デジタルパスポートを作ることができるようになります。デジタルパスポートは施設全ての情報をカバーできます。部品のエンジニアリング、倉庫、サービス履歴、どのような在庫が必要か、その施設の収益もしくは損失も確認できます。それだけではなく詳細な情報が分かるため、有効寿命予測も確認できるようになります。効率的に施設を動かすためにどれだけの金額が必要なのかを確認できることも大きなメリットです。経過寿命で今後、どれだけのスペア部品が必要なのか、どのようなサービス効率が達成できるのかも推測できます。会計情報も出ているほか、有効寿命が少なくなるにつれて予定外のシャットダウンはどんどん増えていく予測ができ、スペアパーツも今後30日、60日、90日の単位でどの部品にスペアが必要になるかも簡単に分析できます。最終的に非常に明確な情報を得ることができるようになり、例えばコストが17%下がりましたとか、デジタルサービスでどれだけの収益を上げることができたかとか、現場からのクレームが減っているとかだけではなく、避けることができた障害などもワンクリックで分かります。

■ メリットはコスト削減、効率性アップ…
 ここで二つの重要な質問があります。なぜデジタルツインを導入しようとするのか。もし導入を決定した際は、どのように進めていくのか。これは我々が常に行なう質問です。簡単な答えはありません。ボッシュとして、デジタルツインのユーザーとしての答えがいまから話す内容です。非常に複雑な資産がさまざまな場所に設置されていて、その資産を継続的にモニタリングしなければいけない場合、デジタルツインを使用する可能性があります。さらに業務のKPIが達成されておらず、その理由を分析したい場合はデジタルツインに投資する必要があるでしょう。例えば運用コストが非常に高い場合、デジタルツインはコスト削減を助けるでしょうし、多くの非効率が発生しているプラントをより効率的に運用できるようになります。その効率性を改善する方法が分からない場合、デジタルツインは非常に役に立つでしょう。そして非常に多くの時間と工数を繰り返し発生するタスクを担う場合、デジタルツインへの投資がうまくいく可能性があります。フォワードルッキングな組織であれば、問題を避けるために投資の観点からもデジタルツインが有効になります。オペレーションが統合されたデジタルエンタープライズのチームがスタートした際、デジタルツインを導入することで単一の情報源を提供することができます。もし問題意識や懸念を持っているのであればデジタルツインが有効な投資になるのかを調査するべきです。

 ボッシュではデジタルツインを構築する場合、まずアイディエイト(アイデア創出)のフェーズを行います。それはビジネスの問題を理解するためです。そして影響の高いエリアを考慮し、ソリューションのグループを作ります。これが最初のモデルになります。ビジネスの問題エリアを正しく理解し、何が起きるのかというオーバービューを持つことが重要です。それを理解したあと、必要最小限の製品のMVP(Minimum Viable Product)と呼ぶ製造フェーズで機能のデモンストレーションを行います。MVPまで2、3カ月かかりますが、MVPでうまくいけばデジタルツインのスケーリングと産業化を行なうことができます。ボッシュでは具体的なデジタルツインのマイルストーンを設定しており、多くのケースでそのマイルストーンを適用し、アプローチのアイデアを提供できると考えております

ソリューション紹介
【SAPにおけるデジタルツイン~デジタル化時代に統合と連携が改めて重要である理由】

原 尚嗣 氏
SAPジャパン株式会社
デジタルサプライチェーン グローバルCoE, ディレクター
石油会社でプラントの設計、計画、製造、品質管理などでエンジニアとして活動後、SAPにて一貫してものづくり関連の領域で提案に携わる。
現在は、「設計から運用まで(Design To Operate)」のコンセプトの元、設計開発、製造、ロジスティクス、環境規制、設備保全など幅広い領域に対する日本での事業開発を担当。

■ キーワードは“つながり”
 常々、デジタル化を推し進める際、「何に気を付けないといけないのか」ということを意識しています。SAPはグローバル全体として今後、デジタルツインによるIndustry4.0に注力をし、ソフトウェア企業の中でIndustry4.0領域におけるナンバー1を目指していくというメッセージを出しており、今後もIndustry4.0やIoTに対応する製品をリリースしていきます。デジタルツインやデジタル化はいろいろな観点があるのですが、人間で置き換えますと、体がどう機能するのかを理解し、健康状態を改善していくということです。体の各パーツをそのままデジタル化するだけでは不十分で、それ以上のモデル化が必要です。さらに体の各パーツが協働して動く状態を再現しなければなりません。それを会社の業務や情報に置き換えた時にこの考え方には示唆があります。例えば、設計では3DCADが主流ですが、3Dモデルをそのままネットワーク上に乗せるだけでは意味がなく、3D化した製品がどう動いて、社内でどう機能するか、お客様への影響も考えなければいけません。単体ではなく、他の情報とのつながりや連携が非常に重要だと考えております。

 SAPのデジタルサプライチェーンチームではEnd to EndのプロセスをDesign to Operateと呼んでいます。計画、輸送、運用・保守などの領域全てを取りまとめたのがデジタルサプライチェーンで、この一連の流れがDesign to Operateです。ポイントは企業の中でさまざまな検討が進む中、本当に全方位的に検討がなされているのかどうかです。デジタルツインでは製造だけ、設計だけ、購買だけ、ではなく、全体像がわからないと会社の健康状態も分かりません。さまざまな観点から広範囲を見渡すことが最低限必要です。SAPソリューションの中心であるERPを正しく、隅々まで使って頂ければそれだけで、ほぼカバーできます。そこにプラスアルファ、ERPでカバーしきれない他社とのやりとりなどの機能を補完することで、長いプロセスをカバーすることができます。ERPを軸とする考え方がデジタルツインやデジタライゼーションを構築する基礎となります。

■ Design to Operate実現へ
 Design to Operateで連携ソリューションのポイントは三つあります。一つ目は部門間連携です。社内の連携のことですが、ERPを隅々まで活用すると8、9割はカバーできます。SAPのソリューションでは設計開発の管理機能もERPに付いています。CADデータを取り込んで以降、設計開発の業務機能、生産、購買、運用保守の機能がありますので、デジタルツインによるフロントローディングはできるだけプロセスの最初からERPに取り込めれば、End to Endのプロセスをより広くカバーでき、部門間連携をより効率的に有効に行うことができます。特に設計領域をERPに取り込む価値はものすごく大きいと個人的に感じています。多くの企業で設計変更には大変苦労されています。製品情報を販売部門がお客様に提示し、商品はセールスコンフィグレーターやセールスのウェブ画面で選べるようになっていますが、そのような情報連携は結構、ぶつぶつと切れてしまい、さらに設計変更が頻繁に起こるため、アップデートされないまま古い情報でいろんな業務が走ってしまい、上流部門の状況がよく分からないという話をよく聞きます。システムが分かれているのが大きな要因で、業務部門や人の役割が分かれていても、システムとしては一気通貫でつながっていることが非常に重要になります。言い換えれば、設計の初期段階から情報をERPに入れることで、変更が起きても後段のプロセスで正しく整合を保っていくことが可能です。

 次のポイントが設計領域の企業間連携です。SAPでも企業間の情報連携や協働の領域に力を入れているのですが、その背景の一つはクラウドです。ソフトベンダーはクラウド化していますし、企業の自社システムも離れたところで管理している場合が多くなりました。設計領域の企業間連携とはエンジニアリングでのコラボレーションのことで、対象は要求仕様管理の領域ですが、お客さまとのやり取りについてログと情報をシステムに残し、かつ整合を保って管理します。サプライヤーとのやり取りのログも残しています。多くの場合、この領域はメール、エクセル、ワードで行われていますので、個人のPCに溜まってしまい、なかなかデータが活用されず、使い回すのが難しいのではないでしょうか。それをシステムとして管理するツールになります。

 三つ目のポイントが企業間連携の運用管理面です。設備製造メーカーの立場で考えた時はまずお客さまとの間で要求仕様をやり取りし、設計開発をします。お納めした後はメンテナンスのやり取りが発生します。設計開発で出た成果物の設備(製品)・スペックの情報に、お客様の履歴や不具合の履歴が追加されていきます。このメンテナンス運用管理の企業間連携は製品情報を核にメーカー、運用管理、ユーザーがそれぞれ情報提供し、つながるということを意味します。

■ 実現可能性の見極めを
 次に製造情報の連携に視点を変えてみましょう。SAPはIndustry4.0に関して、五つのシナリオを持っています。最初のシナリオは現場から経営までの垂直統合です。企業内で製造情報を上にあげ、会社としてまとめることが狙いです。皆さん必要性を感じながらも実現が難しい部分でもあります。次にマシン・ツー・マシンのインターフェース、つまり現場の足回りで、スマートファクトリーや自立生産、自動生産などさまざまな取り組みがなされています。ここはハードウェアレベルです。三つ目からは分析になります。企業の状態をデジタルツインとして分析・活用していきます。四つ目の販売連携は計画販売やお客様との接点についてで、最後のシナリオがサプライヤーとのやりとりなどのサプライチェーンコラボレーションです。日本では全てを最適化してそれぞれの部門・業務ごとにシステムを作る傾向がありますが、欧米企業はある程度パッケージで一斉導入します。その上でどこが違って、どこが足りないかという補完的なアプローチをとります。このようなやり方も参考になるかと考えます。

 製造情報の垂直連携における考え方で重要となるのが管理MESと制御MESの活用です。管理MESは工程順やプロセスを管理します。結果的にトレーサビリティーや品質情報などプロセスを管理します。一方、制御MESでロボットの制御や搬送の制御、装置の切り替えなど制御関連は切り離します。プロセスの管理と制御がうまく機能するように切り分けて組み合わせれば、プロセス自体は大幅に変わらないことが多いので、変更があっても比較的、整合性を保てます。管理と制御を分けることで同じものを別の工場で作った時、装置構成、装置のタイプや並びが違うとしても比較的対応しやすくなります。管理MESは同じ仕組みで使い回ししやすくなりますし、制御MESを個別に作って標準化していけば上手くつながっていくのではと考えています。

 グローバルトレーサビリティーシステムは管理MESの領域になります。特に自動車部品メーカーに多いのですが、監査の指摘を受け改善点があった場合、製品品質に関わる指摘はあまり聞いたことがなく、プロセス品質が問題になっています。ERPのレベルでのトレースは標準で実現されているので、できるだけ正しく使うことによって出荷情報から生産ロット、手配ロットを辿れます。逆も同じです。不具合の原料があれば、どこに使われていて、どこに出荷されたのかというつながりはシステム的にはつながっています。そこに管理MESをはさむことで工程レベルのトレースも同じように取れます。場当たり的な対応ではなく、全体として何ができて何が実現可能なのかを見極めることが重要になります。

■ 真の情報活用へ一元化が重要
 次に製品情報の連携です。マスカスタマイゼーションの定義はお客様の個別仕様への対応を量産と同程度の効率で提供するという意味です。つまり、ほぼ量産の流れの中でバリエーションをつけて流していくことを目指すのがマスカスタマイゼーションになりますが、一方で阻害要因を考えた時、企業内での情報流通が邪魔をしているケースがよくあります。マスカスタマイゼーションでは、まず設計段階で製品のバリエーションを提供します。そうするとコンフィグレーションの定義やユニットを共通化したり、場合によってはモジュラーデザインを志向してパッケージ化できます。この設計が定義したコンフィグレーション情報は最終的にはお客さんに提示され選んでいただくことになります。販売部門では製品コンフィグレーターにより見積・受注を受け、製造部門に伝えます。製造部門では受注通りの仕様で、該当する部品が組み込まれて機能するものを提供します。そこでシステムを一元化する連携が非常に重要になります。マスカスタマイゼーションにおいて、せっかく開発部門が整合性を持って定義したのであれば、そのまま販売部門に情報が渡ってお客様に提示するのが望ましい形です。ERPの中に開発機能を取り込み、製品情報が入っていれば、販売部門にも人手を介さず渡すことができます。もちろんバリエーションがあったり、例外処理や特注を受ける仕組みもあり、一筋縄ではいかない部分は多々ありますが、このプロセスを経なければ、本当の意味でのマスカスタマイゼーションの実現は遠いです。

 また、社内で事業によって違うCADを使っていたり、製品設計と設備設計で別のCADを使っている場合、同じ連携レベルで同じユーザーインターフェースを複数のCADに対して提供し、データ管理レベルを揃えて標準化していく意味もあります。SAPのソリューションは機械系だけでなく、電気系、電子系、ソフトウェアにも対応しています。設計情報がERPに入っている最大のメリットは変更管理に対応できる点です。設計の部品表など製品情報を製造部門に引き渡す際、製造工程順に部品を並べ替えると、製造部品表になる考え方です。部品表に対して工程を割り当て、BOMを自動生成します。かつE-BOM自体が最初からERPの中でメンテナンスされているので、変更が行われるとどこが変更され、どこが変更されてないかはすぐ分かるので、非常に変更管理と変更適用の敷居が下がります。マルチCAD対応が機械系だけでなく、電気系、電子系、ソフトウェアでも対応しているのは、一つの製品に関わる情報を全て一括して管理すると、どのソフトウェアがどのリビジョンのものに使われたのかが分かるからです。

 デジタルツインの観点ではどこまでの情報が必要で、どこまでの情報を一括管理しないといけないのかを定義することが大事で、必要な情報は全てまとめることが最低限必要です。重要なポイントは設計段階で一元化を考えることです。同時に設計が束ねることで、情報が紐づいた形で三次元モデルの情報がERPに入ってくると、他の業務で3Dモデルを参照するなど、活用しやすくなります。権限さえあればERPですべて見られる状態にもなります。情報活用の意味でも情報のつながり、システムの統合と連携が非常に重要だと考えております。

デジタルツイン導入の要諦

村上 忠美
株式会社レイヤーズ・コンサルティング
SCM事業部 マネージングディレクター
シンクタンク・製造業に特化したコンサルティング会社を経て、現職。
製造業を中心とした多くの企業に対して、業務改革・システム導入・組織変革・定着化まで改革を実現するプロジェクトを多数行う。SCM・グローバルコストマネジメントなどプロジェクト責任者としてプロジェクトマネジメント、ベンダーマネジメントの経験多数。

■ 真の目的は企業の提供価値向上
 デジタルツインと言いましてもデジタル化と捉えれば、最近始まったことではなく、昔から行なわれてきています。今までのデジタル化というものはデジタルデータに置き換えるとか、今まで起きた事象を蓄積していく内容が多かったのですが、一方、デジタルツインは企業の提供価値を飛躍的に向上させるための手段だと考えています。リアルだけでは実現できない品質・コスト・スピードで企業の提供価値を飛躍的に向上させる効果を出していくことが非常に重要になります。デジタルツインを導入することで、品質面(クオリティー)では人が試作するには限界がある中、デジタル化によってシミュレーションを数多くこなし、人間には出せない精度、パターン数を検証できるようになります。コスト面では実物を作らず、工数を最小化しながら進行することでコストをカットできます。実際の原価をこまめに早い段階から把握していくことでコストに効果が出るでしょう。デリバリーでは今まで提供できなかった短納期や案件数を実現できるようになります。

 デジタルツイン導入ではただ仕組みを導入するのではなく、目的志向で考える必要があります。導入の狙いは企業の課題を解決することです。勝ち続けるために何を解決・実現していくかを明確にすることが重要です。企業として自社課題を解決して勝ち続けることを考えるのは当然の話で、会社の中で何のために導入するのかをしっかりと考えてからデジタルツインを導入しなければいけませんが、部門・機能が単体で行ってもなかなか成果をあげられません。価値を出すためには部門を跨いで成果を出していくことが必要です。サプライチェーンやエンジニアリングチェーンだけでなく、カスタマーチェーンと言われるお客さまとつながる販売やアフターサービスを企画などでつなげていくことが必要です。併せてサプライヤーチェーンや外部の購入先、社内の調達を上手くつなげる必要があります。経営視点で何をどう変えたいのかという目的を設定し、どこに効果を出したいのかを考えてから手段を考えます。

■ 6つの壁を打ち破れ
 次に企業が勝ち続けるために解決すべき課題ということで六つの“常識の壁”を打ち破る必要があります。まずは“時間の壁”です。例えば、受注してから2週間で顧客にモノを届けるところを2日で届けて劇的にリードタイムを短くするなどです。事例で言いますと、顧客から見積依頼を貰ってから見積提示までに数週間掛かっていたところ、このリードタイムを1日で出すと決めて改革した企業があります。これは期間を徐々に短くして最後に1日のリードタイムにしたわけでなく、最初からアプローチとして1日で見積りを出すためにはどうしたらいいのかを徹底的に考えるというアプローチを取りました。改革していく上でアプローチを間違えるといつまでたっても答えに辿り着きません。劇的に変えることを決めた場合、真っさらの状態からどうやったらリードタイムを1日にできるかをゼロベース積み上げて実現しました。“常識の壁”を打ち破るためには、今できるかできないかという視点で目標を立ててしまうと、なかなか常識を打ち破れません。今の時代は昔と違って劇的に短時間で処理できるデジタル技術がありますし、テクノロジーを活用して実現できる課題も増えています。このような考え方からアプローチをしていくことも重要でしょう。次に“場所の壁”です。通常、物流の効率面を考えると、近隣の業者から仕入れますが、全世界から仕入れるとか、全世界に販売することを考えることも必要です。全世界から仕入れるイメージは湧かないかもしれませんが、今の時代はデジタル上で試作データのやり取りもできますし、交渉やディスカッションも直接会わなくても可能で、物理的距離を縮める手段があります。リードタイムだけ考えて近隣を選ぶのか、コストなどトータルで全世界から仕入れ先を選ぶのか、幅広くメリットを考えることも必要です。“顧客の壁”は売る層、ターゲットを見直すことです。“製品技術の壁”は自社製品の販売だけでなく、他社製品を含めたソリューションを提供することも一つの手法です。“ニーズの壁”とはこちらの都合ではなく、顧客ニーズに応じたサービスの提供を意味し、“提供方法の壁”は代理店を通じての販売から直販に変えるなどが例として挙げられます。そのメリットとして、お客さまの声を直接聞くことができるようになり、商品開発やサービスのレベルを上げる効果も出していけます。

■ 基礎データが背骨 推進体制構築を
 デジタルツインは企業の提供価値を飛躍的に向上させる有効な手段です。リアルだけではできないことをデジタルと併用することで効果を出していくのが狙いです。けっしてデジタルだけで決まるわけではなく、シミュレーションで実測値を出して、デジタルとの誤差がどれだけあるのかをとらえることも重要です。うまく組み合わせながら精度を上げていくということが必要になります。デジタルツインの導入で会社のすべての活動を変えるのはハードルが高いでしょう。リソースの課題もありますので、どこに効果を出したいかという順位付けをして進めることが重要です。シミュレーションを多く活用するようになると結果がどれだけ正しいのかが重要になります。製品情報を管理することが重要ですので、ものづくりで考えるとBOMという部品表を管理していかなければなりません。デジタルツインの世界を支えるのは基礎データです。その背骨となるデータが大きな役割を担います。各部門の活動とは別にデジタルツインを活用して会社としてどう効果を出していくのか、効果を出すためには何をすればいいのかを考えなければなりません。組織には機能・役割がありますので、一つの目的を実現できるような体制で活動を進めることが重要となります。

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