顧客価値ベースによる競争優位性の構築

巷には「高品質・低価格」を実現する均一ショップがあふれています。しかし、薄利多売のビジネスモデルは、利幅が小さいため原材料価格の高騰等の外部環境変化に対して影響を受けやすく不安定な事業構造だといえます。この事業構造は、均一ショップだけでの話ではなく、多くの日本企業が同様の状況にあります。今やるべきは「高品質・高価格」の商品やサービスを作り出すことです。消費者は本当に価値を認めれば、高価格帯でも購入を行ってくれます。Apple等を筆頭に高価格帯でも多くの顧客を掴み、成長を続けている企業が存在します。このような企業との差はどこにあるのでしょうか。それは「顧客価値の創造力」の差だと考えます。ここでは顧客価値を新たに見つけ出す方法について解説させていただきます。

顧客価値の変化

顧客価値を検討する際は【図1】のように顧客・自社・競合の3つの視点で検討を行います。この3視点が重なりあう部分に該当する価値がその企業ならではの提供価値となります。また、価値は①機能的価値、②経済的価値、③情緒的価値の3つに分かれます。今後メインターゲットになるZ世代においては③の情緒的価値をより求める傾向にあり、購買における意思決定基準がこれまでの世代とは大きく異なる点になります。
 
Z世代では製品やサービスを利用することで感じる精神的な満足感や気持ちの良さを求める傾向が強くなっており、「体験できること」の重要性が増しています。「モノ、コト」の次は「イミ」消費と言われますが、まさにこの世代では消費することでの自分自身、もしくは友人や社会、自然環境との間においてどのような意味があるかの重要性が増しています。この点、Apple等の海外企業は情緒的価値を捉えることがうまく、ターゲット顧客がどのような情緒的な価値が満たされることを望んでいるのか、を把握することに長けており、機能的な価値とのバランスを取りながら製品やサービス設計がなされています。この点において日本企業は海外に比べて情緒的な価値の側面から、顧客価値を創造することに弱く、顧客を理解する解像度が海外企業に比べて低いです。顧客価値を創造するためには、顧客を徹底期に理解することが重要となります。

【図1】価値の定義

競争優位性は顧客価値の大きさで決まる

顧客価値を高めるには【図2】に示す通り、2つの要因を向上させることが必要です。1つ目は「顧客が喜んで支払いを行う最高金額」(WTP:Willing To Pay)です。この金額以上になると顧客は購買を行わないという限度額になります。よってWTPを高めれば、企業が獲得できる可能性のある対価を高めることにつながります。「顧客が喜んで支払いを行う最高金額」を高めるためには顧客が達成したい状況や、切実に解決したいと考えていることを把握することが必要です。その上で、課題が解決可能であれば、その製品やサービスが多少高くても喜んで支払いを行ってくれます。
 
2つ目は優秀な社員やサプライヤーを引き付ける最低供給・報酬価格の適正化(WTS:Willing To Sell)です。社員に多くの報酬を支払うことは正しいですが、顧客価値の創造に直接つながるわけではありません。価値を創り出すためには社員が仕事に誇りとやりがいを持ち、最高のサービスを届けるという姿勢を持てるような動機を作り出す環境を提供していくことが必要です。報酬以上に働きやすさや働く意味を提供することが顧客価値を創造することの原動力となります。
 
顧客価値は財務情報と一致しません。「顧客が喜んで支払いを行う最高金額(WTP)」と企業が行う価格設定(顧客が実際に支払いを行う金額)の差が、顧客が追加で支払う可能性のある価値となります。また、WTSを増加させることで、報酬はこれまでと変わらずに優秀な社員やサプライヤーが価値を創造する状態となります。よってWTPとWTSの向上は企業にとって成長ポテンシャルを高めていくことにつながるのです。顧客価値を作り出すWTPとWTSを向上させていく力を持っていることが、中長期的に成長できる企業の重要条件になっているのです。

【図2】価値ベースによる競争力強化の構造

顧客価値の特定アプローチ

顧客価値を特定するにはリーンスタートアップのアプローチが有効です。リーンスタートアップは【図3】のような構成で顧客価値の仮説を検証していくことで、新たな提供価値を市場にフィットさせていく手法になります。ポイントは、事業の計画策定に時間をかけるのではなく、MVP(Minimum Viable Product)と呼ばれる価値検証が可能な必要最小限の機能をもった製品やサービスを顧客に利用してもらうことをスピーディーに行い、検証に多くの時間を使うことです。現代ビジネスの勝敗は最も早く、多くの失敗から学びを得た企業が勝つというルールにあるため上記の考え方が重要となります。
 
リーンスタートアップの中で特に重要なのが、最初の出発点となる「課題・ソリューションテスト」です。顧客の「課題」と「ソリューション」が確認できて、はじめて「02 MVP構築」に進むことが可能となります。 まずは解決したいと考える顧客の課題はどのようなものか?それはどの程度大きな課題か?そのような課題を持つ人はどのような属性の人たちか?の検討を行うことが課題の特定です。そして重要な課題に対して、どのような状態になっていることを顧客は望んでいるか?顧客の成功とは何か?の検討を行います。その上で、顧客が成功するためには、どのようなソリューションがあれば達成できるかの検討を行います。
 
最後に特定した課題に対して、どの程度同じような課題を抱えている人が存在するか市場の大きさを推定します。この段階では課題仮説が非常にニッチな課題ではないことのみを確認し、厳密な市場規模の算定は不要です。

【図3】リーンスタートアップによる顧客価値の特定アプローチ

顧客価値特定の事例

顧客価値の特定アプローチとして食品メーカー様での取り組み事例を【図4】にてご紹介させていただきます。新商品ローンチまでの約1年の間に計8回の検証を実施しました。検証の初期段階では課題仮説をベースにしたターゲット顧客の見極めを行い、ターゲット選定後はデプスインタビューを計4回実施しました。同じ人に繰り返しインタビューをすることで本質的な課題を理解しながら、検証の中で得られた示唆をベースに商品改良を行い、徐々に商品をニーズにフィットさせていく取り組みを行いました。また、味やにおい、見た目だけでなく、ブランドロゴやパッケージデザイン等についても検証を行うことで、アーリーアダプタが求める世界観を把握してブランドデザイナーと連携しながらプロダクトに落とし込みを行いました。こちらの商品はすでに発売から約2年が経過しますが、熱狂的なファン層を掴んでおります。顧客間のコミュニティページやInstagram等のSNSでは様々なアレンジメニューが紹介され、常に企業と顧客がつながりあう状況を作っており、顧客の声を定期的に収集しながら商品改良を続けており、まるでアプリのような食品として、食品業界の常識を覆す取り組みが行われています。

【図4】顧客価値検証の事例

本当の顧客はだれか?

顧客課題の特定は【図5】の通り4ステップで進め、ターゲット仮説を立てるところからスタートします。ここでは、普段お客様と接している人たちを集めて、ワークショップ形式で感じているニーズを掘り起こし、ペルソナという手法を使用してターゲット顧客像をまとめていきます。
ここで重要なのは本当に存在するニーズを対象にして、メンバーが「こういう人いるよね」と納得感の得られるものであることです。理想の顧客像ではなく、実在する顧客像を洗い出すことが重要なポイントになります。
 
課題仮説が設定できたら、同様の課題を持つ人たちの洗い出しを行います。ここでのポイントは課題を持ちそうな人物像を絞らずに可能性のある属性を広く捉えて、まずは幅広に対象者へインタビューを行い仮説検証を行うことです。インタビュー方法としては属性別のグループインタビューが最適です。グループインタビューによりグループ属性ごとに課題の捉え方や、大きさ、傾向が異なることがわかります。この中で、ターゲット顧客像に近いグループの絞り込みを行います。
 
ここから先では対象者に対してデプスインタビューを実施します。ポイントは多くの人にインタビューを行うのではなく、1人の人にインタビューを繰り返し行い、抱えている課題や普段の行動、現在行っている対策等を深く理解しながら、本音を引き出していける信頼関係を作ることが重要です。インタビュアーが常に本音を話してくれるわけではありません。特に気を付けたいことがインタビュアーに気を使った発言をしている可能性があることです。この点は常に留意しながら進め方を気を付けていく必要があります。

【図5】顧客価値の検証アプローチ

誰の声を聴くべきか?

インタビューでは様々な声が寄せられますが、どの顧客の意見を参考にすべきでしょうか?これについては【図6】のイノベーター理論でいう「アーリーアダプタ」だと言われています。その理由として、イノベーターは目新しいものが好きなので飛びつく習慣がある層であり、購入してくれますが、話題性を大切にしているため早々に離反することが多いのが特徴です。一方、アーリーアダプタは大きな課題意識を持っており、その課題が解決するのであれば多少価格が高くても購入したいという層です。検証対象の製品やサービスに対して積極的にフィードバックを行う態度を示してくれます。初期段階では良質なフィードバックが得られる顧客にアプローチすることが重要です。一方でマジョリティ層は提供価値と費用のバランスを重視するのが特徴です。それぞれの層により特徴が異なるため、インタビューではターゲットがどの層に属する人かを意識しながら進めていきます。
 
では、アーリーアダプタはどのように見分ければ良いでしょうか。注目すべきはインタビュアーが感じている課題の切実さです。特徴でいうと、課題が切実で強く解決したいと感じている人であれば、どのような商品なのか積極的に質問をしてきます。普段から様々な課題解決の情報収集をしているので、現在把握している解決策との違いに関する質問を多くしてきます。また、「次のインタビューも協力してほしい」とオファーを出したことに対しても、必ず協力をしてくれます。自分自身の課題が解決可能なのであれば惜しみなく協力をしてくれる態度を示す方はアーリーアダプタの可能性が高いです。ただし、非常にお人良しである可能性もあるので、どのような気持ちで協力をされているのか雰囲気や質問により見極めを行ってください。

【図6】イノベーター理論と狙うべき初回ターゲット

顧客インサイトの見つけ方

最後に顧客の本質的なニーズを見つけ出すためのアプローチについてご紹介します。顧客ニーズには「顕在ニーズ」と「潜在ニーズ」が存在します。顕在ニーズは本人が日々の生活で不満として認識しており、インタビューにより引き出すことが可能です。ただし、自覚している不満のため、すでに対策が取られていることが多く、解決されることのインパクトが小さい不満です。
 
最終的にインタビューで見つけ出したいのは潜在ニーズです。潜在ニーズは大きな問題であることが多く、本質的なニーズといえます。アーリーアダプタにおいても潜在ニーズはほとんどの場合、自分自身で気が付いておらず、インタビューで直接確認することが難しいため、インタビューからインサイトを導き出していく必要があります。
 
本質的な課題を見つける方法は【図7】のようにインタビューから得られた情報をもとに日常で行われている「行動内容」とインタビューで確認された「発言内容」の構造化を行います。注目すべきは発言と行動にGAPが生じている部分になります。例えば【図7】の例に登場する方は、魅力的な外見・スタイルを手に入れたいニーズが強く普段から情報収集を行っており、食事や運動に対しての知識も豊富にあります。スリムな体形を作るには代謝を高めることの重要性が高いことを認識している中で、普段、運動や食事の制限は行っていないことが確認できております。その理由はそもそも現在の健康食品に不満を多くもっており、普段の生活に溶け込みにくい状況にあることです。この結果を踏まえて、冷凍庫を使わない商品にしたり、サイズを小さくしたりなど商品設計に多く活かされています。こういった因果関係を整理することで、本人が自覚していないことを発見したり、矛盾している点を見つけ出すのです。GAP部分を解決する方法が本質的ニーズに対応した解決策になりえる可能性があるのです。

【図7】顧客の本質的課題を見つけ出すGAP分析

この記事に興味をもったらメールで送信して共有! ×

この記事の執筆者

お仕事のご相談や、ご不明な点など、お気軽にお問い合わせください。
セミナー開催予定など最新ニュースをご希望の方はメルマガ登録をお願いいたします。