アフター・ホルムズ
~地政学競争時代に求められる経済安全保障経営とは~
◆この記事の要約
本記事では、企業経営における経済安全保障の重要性を解説します。米中競争、トランプ政権の対外政策、米・イラン戦争にホルムズ海峡封鎖と、地政学競争期に突入した国際環境において、地政学リスクは単なる外部要因ではなく、事業継続や成長戦略に直結する、今そこにある経営リスクです。情報の収集と分析はもちろん、国際政治や安全保障のイベントの影響の可視化と全社的な経営課題としての再定義が求められます。
- 地政学競争期における経営戦略の再構築
経済合理性のみならず、制裁や技術管理といった政治・安全保障上の対立を「盾」として事業設計に組み込む必要性を詳述。 - 有価証券報告書に見るリスクの顕在化
地政学や経済安全保障というキーワードの出現頻度が急増しており、これらが「起きる前提で備えるべき具体的リスク」へと変容した現状を分析。 - 情報収集から「事業影響の可視化」への転換
収集した情報の解釈・翻訳を通じて、サプライチェーンや売上、利益等の経営指標へ及ぼす影響を定量的に把握する重要性を提示。 - 全社的な経営課題としての再定義
特定部署の対応に留めず、投資判断や事業ポートフォリオ検討の評価軸に経済安全保障を組み込む、経営層主導のガバナンス構築を提言。
地政学競争期への対応
米国の対イラン攻撃と、イランによる中東諸国への反撃やホルムズ海峡を支配する試みはグローバル経済に大きな衝撃を与えました。一時的な停戦が成立し、また終戦に向けた外交交渉が展開されているものの、国家間戦争が起きうる世界に突入しています。
冷戦終結後、グローバル化と自由貿易を前提として拡大してきた国際経済は、米中対立の激化や地域紛争の継続、各国による規制強化を背景に、国家間の競争が前面に出る「地政学競争期」へと移行しました。この変化は一過性のものではなく、超長期的な潮流として捉える必要があります。国際環境の変化は、グローバルな企業経営にも大きな影響を及ぼしています。
これまで企業は、コストや市場規模、成長性といった経済合理性を中心にグローバル戦略を構築してきました。しかし、2020年代に入ってから、政治・安全保障上の対立が、関税、輸出入規制、制裁、技術管理といった形で企業活動に直接的な影響を及ぼす事例が頻発しています。経済安全保障上のリスク国での事業展開や当該国企業との取引、技術展開そのものが、経営リスクとして再評価を迫られる状況です。
言い換えれば、企業は国家間に存在する「経済安全保障の盾」を前提に事業活動を設計しなければならない時代に入りました。どの地域で生産し、どの市場で販売し、どの技術をどこまで展開するのかといった意思決定が求められており、グローバルな事業拡大において地政学的リスク・経済安全保障をより考慮する必要があります。経済安全保障は、企業にとって新たに追加された制約条件であると同時に、持続的な成長を実現するための重要な経営課題となっています。
【図1】超長期の波:地政学・地形学競争期への突入
企業経営における経済安全保障
経済安全保障や地政学リスクは、マクロな国際情勢の話題ではなく、企業の具体的な経営リスクとして顕在化しています。日本でも、上場企業が提出する有価証券報告書を例にとれば、「地政学」、「経済安全保障」に言及する企業が急増しており、2021年から2025年までに4倍以上に増えています。
従来、企業が対応リスクといえば景気変動や為替、競争環境の変化が中心でした。しかし、外部環境における地政学や経済安全保障のリスクのウェイトが大きくなりつつあり、企業も対応を迫られています。これらのリスクは短期間で事業環境を一変させるもので、一企業での予防・管理には限界があります。さらに、発生した際の影響は大きく、企業は顕在化時の対応に追われることになります。グローバルなサプライチェーンが麻痺し、部品や原材料が入手困難になったり、輸送日数・コストが大幅に増える、あるいは調達不可能になることを想定する必要があります。
経済安全保障は「起きないよう管理するリスク」ではなく、「起きる前提で備えるべきリスク」と位置付けるべきものです。企業経営においては、経済安全保障対応はコストではなく、事業継続や成長戦略の実現を図るための投資として行っていく必要があります。
【図2】企業経営における経済安全保障:有価証券報告書に見る変化
グローバルな事業環境リスク認識
企業を取り巻く地政学リスクに対する認識は、日本国内にとどまらず、国際的にも高まっています。世界経済フォーラムが毎年公表するグローバルリスク報告書では、地経学的対立、国家間の武力紛争、サイバーセキュリティといったリスクが、短期的に深刻な影響を及ぼす要因として継続的に上位に挙げられています。
これらのリスクの特徴は、単独で発生するのではなく、相互に連動しながら企業活動へ影響を与える点にあります。例えば、地政学的緊張の高まりは、規制強化やサイバー攻撃の増加と結びつき、サプライチェーンや情報管理の脆弱性を一気に顕在化させます。このような複合的リスク環境では、従来の個別リスク対応だけでは十分とは言えません。
企業にとって重要なのは、こうした世界的なリスク認識を自社の経営環境に引き寄せて捉えることです。マクロな国際情勢の変化を前提としたうえで、自社の事業構造や地域展開、技術ポートフォリオがどのような影響を受け得るのかを再整理する必要があります。経済安全保障は、グローバル経営を行う企業に共通する前提条件となっています。
【図3】世界経済フォーラムグローバルリスクの推移
情報を質の高い意思決定の材料に
経済安全保障への対応として、多くの企業がまず情報収集の強化に取り組みます。しかし、情報を集めること自体が目的化してしまうと、実効的な経営対応にはつながりません。重要なのは、収集した情報をいかに自社の意思決定に結び付けるかです。
特に求められるのは、特定の地政学的事象が、自社のどの事業、どの機能やバリューチェーンに、どの程度の影響を及ぼすのかを具体的に想定することです。単なるニュースの把握や一般論ではなく、自社固有の事業構造に照らした影響分析が不可欠となります。
情報は意思決定の材料に過ぎず、行動につなげて初めて価値を持ちます。そのためには、情報の取捨選択や構造化が必要です。収集してきた膨大な外部と社内のデータを処理活用したものがインフォメーションであり、それを多角的に評価、分析することによってはじめて判断の材料であるインテリジェンスとなります。何が重要で、何が意思決定に資するのかを見極める力が問われます。情報過多の時代だからこそ、経営視点での整理と翻訳が、経済安全保障対応の成否を左右します。
【図4】データ、インフォメーション、インテリジェンスの違い
経済安全保障と事業影響を紐付け・視える化
経済安全保障を経営課題として扱うためには、リスクをマクロな政治経済のレイヤーで議論するのではなく、事業レイヤーに落とし込んで実務業務への影響を可視化することが不可欠です。経済安全保障の事象がもたらす影響は、輸出入規制、サプライチェーンの混乱、物流などのコスト上昇、技術や情報の流出など多岐にわたります。
これらの影響を、自社の売上、利益、キャッシュフローといった経営指標にどのように結び付くのか整理することで、初めて経営としての優先順位が明確になります。影響の大きさや発生確率を踏まえたうえで、どのリスクにどの程度のリソースを配分すべきかを判断することが可能となります。
重要なのは、完璧な予測を行うことではありません。一定の前提に基づき、影響の方向性と規模感を把握することで、経営判断の質を高めることが目的です。経済安全保障リスクを事業影響として捉え直すことが、具体的な対応策検討の出発点となります。
経済安全保障は経営の課題
経済安全保障は、特定の専門部署だけで完結するテーマではありません。技術、人材、情報、サプライチェーンといった経営の中核要素が密接に関わるため、全社的な経営課題として再定義する必要があります。部門横断的な課題であり、縦割り・部分最適の対応では対処することは困難です。
そのため、経営層が主体的に関与し、意思決定プロセスの中に経済安全保障の視点を組み込むことが求められます。投資判断や事業戦略の検討において、経済安全保障上のリスクや制約条件を勘案することで、経済合理性と持続性・強靭性の両面に目配りした判断が可能となります。
経済安全保障は、企業の成長を抑制するための制約ではなく、長期的な競争力を守るための経営基盤です。これを経営課題として捉え直すことが、変化の激しい外部環境において企業が生き残るための前提条件となります。
レイヤーズ・コンサルティングでは、地政学的リスク、経済安全保障、サイバーセキュリティなどの課題に対応するため、インテリジェンスに基づく全社的リスクマネジメントについてのご相談を承っております。ぜひお気軽にご相談ください。
【関連するビジネステーマ解説集】
経済安全保障とインテリジェンス(前編)
経済安全保障とインテリジェンス(後編)
【出典・引用文献】
・【図2】: 金融庁EDINET書類全文検索/有価証券報告書/通常:内国会社 第三号様式の本文【事業等のリスク】
・【図3】:World Economic Forum “Global Risk Report” (2022年版~2025年版)
・【図4】:米合参謀本部「Joint Publication 2-0」


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この記事の執筆者
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内村 大地事業戦略事業部
マネージャー -
黒佐 華子事業戦略事業部
シニアコンサルタント
職種別ソリューション






