マイケル・ポーターとの決別
~競争戦略の罠~

マイケル・ポーターが『競争の戦略』(1980)を発表してから40年以上経ちました。
ポーターの競争戦略は、経営戦略のバイブルとして、日本企業のバブル期以降の経営戦略に積極的に取り入れられました。
しかし、このポーターの競争戦略が日本企業の失われた30年に悪い意味での影響を与えたのではないか、との話も耳にします。
 
今回は、ポーターの競争戦略の問題点や、日本企業の経営に与えた負の側面とその対処についてご紹介します。

マイケル・ポーターの競争戦略とは

マイケル・ポーターの『競争の戦略』(1980)では、市場における「ポジショニング」を重視することが説かれています。
ポーターの主張は、「儲けられる市場」を選んで、競合に対しても「儲かる位置取り」をすれば「儲けられる」ということです。ポーターは、産業構造分析の中から、経営戦略を経済的なポジショニングの問題としました。完全競争では他社より儲ることはないが、完全競争から遠ざかれば(完全独占に近づけば)他社より儲かる(超過利潤がある)のなら、その様に行動することが経営戦略である、としました。

ポーターの競争戦略が広く経営実務に浸透したのは、経営戦略の立案をファイブフォース分析のように分析的アプローチをとったことと、戦略をコストリーダーシップ戦略差別化戦略、集中戦略といったシンプルなパターンにしたことです。
ファイブフォース分析では、競争業者競合、買い手、売り手、新規参入者、代替品から「儲けられる市場」を判断します。特にポーターは、これらのファイブフォースをフレームワーク化し、何を分析すれば良いかを示しました。これらが、日本企業の経営戦略を考える分析者達に受け入れられたのです。

【図1】競争戦略におけるファイブフォース分析

また、戦略は、競争者より高いコストパフォーマンスで収益性を高める「コストリーダーシップ戦略」、競争者の中で特異と見られる製品サービスを創造する「差別化戦略」、特定の市場に絞り込んで低コストか差別化を図る「集中戦略」の3つを示しました。この単純化した戦略パターンも日本企業の実務に受け入れられました。

次に、『競争優位の戦略』(1985)では、バリュー・チェーン(5主活動/4支援活動)を示し、ポジショニングを維持するためには、「儲ける企業能力(ケイパビリティ)」が必要である、としました。このバリューチェーンという言葉も日本企業に受け入れられ、今となっては様々な企業の戦略の中でこの言葉が使われています。

ポーターへの疑問

ポーターの競争戦略はこのように広く産業界に受け入れられましたが、その理論については経営学者や実務家から様々な疑問も呈されています。

同じ業界で、収益性の異なる企業の存在

多くの実証研究から、同じ産業や同じ業界の内部でも企業の戦略行動や収益率に差異があることが明らかになっています。

戦略の具体性

ポーターの競争戦略は、差別化とコストリーダーシップにより産業構造を独占に近づけて超過利潤を生み出す話であり、どのような差別化とコストリーダーシップが有効か、といった具体策をあまり示していません。

コストリーダーシップと差別化の二者択一

ポーターは、コストリーダーシップと差別化は二者択一としていますが、「ブルーオーシャン戦略」のチャン・キム/レネ・モボルニュは、付加価値と低コストはトレードオフではなく両立できると主張しています。

【図2】付加価値と低コストの同時達成

持続的な競争優位

ポーターは差別化やコストリーダーシップで持続的な競争優位の確立を目指していますが、変化が大きく競争が激しい環境では、現実的には一時的な競争優位でしかない、とも言われています。

企業のケイパビリティ

ポーターは、ケイパビリティをバリューチェーンとしてみていますが、リーダーシップやモチベーションなどは含んでおらず、企業のケイパビリティを限定的・従属的に捉えています。

このように様々な点から、ポーターの戦略には疑問が呈されています。
これに加えポーターの競争戦略は、日本企業に対して3つの負の影響を生じさせています。
①過度な分析主義に陥る
②モノマネ戦略になる
③多様性を阻害する

日本企業への影響①過度な分析主義に陥る

ファイブフォース分析やバリューチェーン分析は、過度な分析主義に至るという弊害も生み出しています。例えば、一橋大学の野中郁次郎名誉教授は、日本企業はオーバー・プランニング(過剰計画)、オーバー・アナリシス(過剰分析)、オーバー・コンプライアンス(過剰法令順守)の3大疾病に陥っていると指摘しています。

ファイブフォース分析やバリューチェーン分析においては様々なリスク要因も分析されます。バブル崩壊後のリスク回避的な企業行動が中心となった日本企業においては、分析されたリスクを回避するために更に分析する、といった悪循環の分析行動に走ったのです。

【図3】リスクはないのか?

新たな行動を取る場合、その発案者は必ずと言って良いほどリスクと対応を問われ、そして決断ではなく更なる分析を経営層から求められる、といったことが繰り返されたのです。ファイブフォース分析で5つの要因のリスクには相反するリスクもあります。従って、全てのリスクを回避するということは何もしないことと同じです。不要なリスクは避けるべきですが、必要なリスクはテイクするべきではないでしょうか。

この様に競争環境を詳細に分析すればするほど意思決定ができないというジレンマを日本企業に生み出しました。
しかし、VUCAと呼ばれる不確実性が高く先が見えない環境では、過度な競争環境の分析よりも素早い行動が必要です。そのためには、詳細な分析力よりも環境変化を的確に捉える観察力と素早い行動が取れる実行力を高めなければいけません。
換言すれば、日本企業はポジショニングより観察力や実行力といったケイパビリティを今後は重視すべきではないでしょうか。

日本企業への影響②モノマネ戦略になる

競争に勝つことが目的になりますから、競争者の動きに対して非常にセンシティブに動きます。競争者が新製品を出せば、それに対抗する新製品を出そうとします。ライバルが新しい商品を投入してヒットすると、それに似たようなコンセプトの商品をカウンターで発売しているビール業界の新製品開発競争などが典型例ではないでしょうか。
こうした行動は、日本企業に多く見られます。他社がやっていれば安心し、他社がやっていなければ不安になる症候群です。まさに、モノマネ戦略に慣れ切った症状です。

【図4】他社はどうなの?

こうした競争戦略としての差別化は、同じ土俵の上での差別化であり、早々に追随されてしまいます。これでは持続的な競争優位など、ほど遠い世界です。他社がやっていないからこそやるべきではないでしょうか。顧客が潜在的に求める価値をいち早く見つけ出し、競合がいない新しい市場を見つける「ブルーオーシャン戦略」こそが、日本企業に求められているのです。
日本企業は、お客様を非常に大切にするマインドを持っています。お客様に寄り添い、お客様の気付いていない潜在的な価値をお客様に提供し、経済価値や社会価値を創造する、これが日本的経営の本質ではないでしょうか。

日本企業への影響③多様性を阻害する

ファイブフォース分析やバリューチェーン分析は、自社が競争環境と認識した市場を分析します。当然、競争者も同じように分析をしていきます。つまり、お互い狭い井戸の中で競争を繰り返しているようなものです。業界全体がマシュー・サイドのいう「無知な集団」になっているのです。

【図5】無知な集団

「業界の常識は、他業界の非常識」という言葉があります。私どもがコンサルティングをするケースでも、この業界はなんでこんな慣行を当たり前にしているか、他の業界でこんなことを行っているのを見たことない、といったことを経験します。

また、各社で様々なベンチマーク分析が行われていますが、自分の業界を中心としているケースを多く見受けられます。本当に分析すべきは、自分の業界ではなく他業界ではないでしょうか。他業界にこそ「ブルーオーシャン」を見つけるヒントが隠されています。変化に対する対応が柔軟で迅速な企業は、他業界のことにも興味津々で、応用できそうなことは直ぐに試してみるといったことをしていますから、是非参考にしてはいかがでしょうか。

今回は、マイケル・ポーターの競争戦略の日本企業に与えた負の影響とその解消法をご紹介しました。詳細については是非お問い合わせください。皆様と共にブルーオーシャンを創造していくことに貢献して参りたいと思っております。

参考文献
マイケル・ポーター「競争の戦略」「競争優位の戦略」
三谷宏治「経営戦略全史」

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この記事の執筆者

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