人的資本経営の第二波到来に備える【後編】

◆この記事の要約

2026年3月に公表の改訂版「人的資本可視化指針」は、経営・事業戦略と人材戦略の連動を改めて重視しています。
そこで本記事では、企業価値向上の観点から押さえるべき4つの要点と、実務での焦点を整理します。
 
【4つの要点】
① 経営戦略と人材戦略の連動の考え方の明確化
② 人的資本投資の重要性の明確化
③ 国際基準と整合した開示の要請
④ ステークホルダーとしての労働市場の明確な位置付け
 
今回の第二波は、「目新しさ」よりも「実走」を問う段階です。そして、改訂版「人的資本可視化指針」は、人的資本経営の本質や、わが社らしさを活かしてヒトで企業価値を高めることを再確認させるものです。そこでの主な焦点は、戦略連動性が高いナラティブ構築、人的資本投資の定義と測定、独自性のあるものを含む指標の設定と継続したモニタリング、セグメント/地域別の人的資本マネジメント等です。また、過度な開示志向に偏らないことなど、まずは経営・事業戦略と人材戦略の連動性を高めることも必要です。

人的資本経営の第二波到来に備える【前編】では、改訂版人的資本可視化指針の上記4つのポイントと、その中で人的資本投資の強化にフォーカスして、概説とレイヤーズ・コンサルティングの見解をお伝えしました。対して今回の【後編】では、同じく4つのポイントのうち、人的資本投資以外の3つについてお伝えいたします。特に重要性が高いのは、やはり「経営・事業戦略と人材戦略の連動性」です。

「改めて」戦略連動性の強調

「経営・事業戦略と人材戦略の連動性」を、改訂版人的資本可視化指針が強調した意味は重いと、レイヤーズは受け止めています。戦略連動性は、2020年9月公表の人材版伊藤レポートがすでに言及していた「古くて新しいテーマ」です。新味がない反面で、初出から5年あまり経て再強調された現状は、総じていえば改善・強化の余地が未だ大きいともいえるでしょう。

戦略連動性の強調は、本質的には経営・事業戦略や事業ポートフォリオの構築に資する人材戦略の立案・実走を意味します。すなわち、「戦略人事」の実践です。改訂版可視化指針は、事業ポートフォリオに資する人材ポートフォリオの構築、人的資本への依存と影響、人的資本関連のリスクと機会の明確化等が、そのために必要と説きます。

他方、レイヤーズのコンサルティング事例では、上位戦略の実現を目的とした人材戦略が十分意識されていない事例に遭遇することもあり、こうした問題意識が、今回の改訂で戦略連動性の強調に至った背景と推察します。例えば、人材ポートフォリオについては、本来ヒトの量と質の両面からつくるものですが、量のみに焦点をあてた在来の「要員計画」と混同するケースが見受けられます。また、経営戦略や事業ポートフォリオが明確でない中、人材ポートフォリオの検討を先行して試みる例もありました。

戦略連動性の先にある独自性とスコープ拡張

改訂版可視化指針が言及する「独自性ある指標のモニタリング・開示」は、戦略連動性の考え方の延長線上かつ進化形といえるでしょう。
「独自性」のハードルは高く見えますが、本来勝ち残りを賭けた各社の経営・事業戦略は各社各様で、独自性を備えているはずです。であれば、その実現に資する人材戦略やヒトに関する指標にも、自ずと独自性が表出するはずです。今回の指針改訂への対応を契機に、貴社の強みを不断に磨く独自性ある人材戦略の立案や指標の見定めに挑戦することを、レイヤーズではお奨めしたいと考えます。

また連結ベース、あるいは改訂版可視化指針も触れた事業セグメント・地域ごとの人的資本経営への進化も、戦略連動性を深める観点より必要と考えます。
上記は、経営・財務のマネジメントの考え方に、人事領域をより近付けて行く考え方です。例えば、会計分野ではROIC(投下資本利益率)を用いた事業別の資本収益性のマネジメントが広がっています。これを踏まえて、人的資本ROI(HC-ROI)の考え方を事業別に取り入れ、ヒトとカネの両面から資本収益性のモニタリング・最適化が可能でしょう(HC-ROIの分母に相当する「人的資本投資」は各社なりに要定義)。

【図1】人的資本ROI × ROICによる事業別資本生産性マネジメント

国際基準との適合と労働市場への意識

その他のポイントの1つに、国際基準に対する適合が挙げられます。改訂版可視化指針では、TCFDの4要素(ガバナンス、戦略、リスクマネジメント、指標と目標)や、IFRS(国際財務報告基準)のS1号のガイダンスを引用・説明しています。また、別紙ではIFRS 3号(S3)のプロジェクトを詳しく引用しています。そこでは、S3が人的資本関連のリスク・機会をComposition(従業員構成)・Capability(能力・スキル)・Conditions(労働・職場環境)に分けていることに言及しています。IFRSへの言及はあくまで例示ですが、日本の人的資本関連基準がISO 30414を含むグローバルスタンダートに近付くことと、日本のSSBJ基準に影響が及ぶことを注視すべきです。

また、労働市場(社員・求職者)への言及も、今回の可視化指針の改訂における特徴です。これに関して、労働市場向けの人的資本開示は、成果創出に時間を要する観点より、中長期スタンスの投資家・株主向けと利害が近しく親和性が高いとレイヤーズは考えます。すなわち、「労働市場向けか?株式市場向けか?」の二者択一ではなく、「労働市場にも株式市場にも訴求できる、企業価値を高める人的資本経営」が実走可能なはずです。

【図2】ISSBの人的資本開示の検討プロジェクト内容例

おわりに

改訂版人的資本可視化指針の紐解きをベースに、人的資本経営の第二波について2回にわたってお伝えしてきました。今回の人的資本経営の第二波は、そのインパクトにおいて第一波ほど目新しくも大きくもないですが、「人的資本経営の変わらぬ本質」を訴えています。それは、わが社らしくヒトを活かし企業価値を向上するために、戦略連動性やその対話(ナラティブ)を構築し、人的資本に投資し、定量的に可視化・モニタリングすることです。また、人的資本開示は、あくまで人材戦略・施策の進捗や結果を示すもので、開示偏重は本質的ではありません。

我々レイヤーズ・コンサルティングは、人的資本経営強化のご支援実績を数多く有しております。わが社らしい人材戦略のナラティブ構築、グローバル基準であるISO 30414の認証取得、人材関連データの整備、分析・検証、精度・プロセス改善等、幅広い分野での伴走型支援が持ち味です。人的資本経営の強化に本腰を入れたいと思われましたら、ぜひお気軽にご連絡ください。

【引用文献】
・【図2】:内閣官房、金融庁、経済産業省「人的資本可視化指針(改訂版)」

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