企業価値向上のための事業ポートフォリオ変革とは
~コングロマリットディスカウントからの脱却~

継続的にPBRが1倍を割れている会社に対し、東証が改善に向けた方針や具体的な取り組み、その進捗状況などを開示することを強く要請したことで、日本企業にはさらに事業構造の変革、すなわち事業ポートフォリオ変革が求められています。
 
しかし、古くからポートフォリオ・マネジメントが戦略手法とされてきましたが、実際に上手く事業構造変革に活用できている企業は少なく、逆に、有望事業を発育不全にしてしまったり、金のなる木の事業を短命にしてしまったりしていることも多く見受けられます。
また、日本企業のPBRが低い原因として、事業の選択と集中が余り進んでいないため、投資家からコングロマリット・ディスカウントされているとの指摘もあります。
 
今回は、不確実で変化の激しいVUCAと呼ばれる時代において本当に稼ぐ力をつけ、コングロマリットディスカウントから脱却するための事業ポートフォリオ・マネジメントのポイントをご紹介します。

事業ポートフォリオ・マネジメントのための成長・シェアマトリクス

事業ポートフォリオ・マネジメントの経営ツールとして有名なのが、ボストンコンサルティンググループ(BCG)が開発した成長・シェアマトリクスです。PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)とも呼ばれます。
成長・シェアマトリクスでは、事業を市場成長率と相対シェアによって4象限に分け、それぞれ金のなる木(Cash Cow)、スター(Star)、問題児(Problem Child)、負け犬(Dog)と呼び、各事業の事業方針・資源配分方針を示しています。

【図1】成長・シェアマトリクス(PPM)

金のなる木では、高シェアを維持しながら投資を最小限にしてキャッシュを創出します。このキャッシュを、シェア拡大などの為に旺盛な資金需要のあるスターに投資します。問題児は、選別投資を行いながら将来のスターに育てます。負け犬は、低成長で低シェアであるが故に収益性に問題がでるため売却・撤退を行います。
GEのジャック・ウェルチの取った「業界のNo.1、No.2でなければ、撤退する」という戦略は、正にこのポートフォリオ戦略の実践です。

前提となる事業ライフステージとは

事業ポートフォリオ・マネジメントは、事業が生まれてから死ぬまでのライフステージを前提としています。
事業ライフステージは、一般に導入期→成長期→成熟期→衰退期と移ります。
事業ライフステージを成長・シェアマトリクスからみると、概ね「導入期」は問題児、「成長期」はスター、「成熟期」は金のなる木、「衰退期」は金のなる木または負け犬となります。

【図2】事業ステージと成長・シェアマトリクス(PPM)

各ステージで事業をどの様に運営するのか

事業ライフステージにおいて下記のような事業運営を行うことが基本になります。

【導入期】
導入期では、市場創造・開拓が目的ですから、注目すべきは成長率です。当然この段階で利益が出ることは稀なので、本社から十分な資金を提供し、事業が主体的に機動的な運営ができるようにすることが重要です。

【成長期】
成長期では、市場においてのポジション確立が目的ですから、注目すべきはシェアです。また、成長のための投資がかさむため、適切な投資判断をしながら投資収益率の確保を図る事業運営が重要です。

【成熟期】
成熟期では、その業界でのNo1を目指し最大のポテンシャルを刈り取ることが目的ですから、キャッシュや付加価値額の最大化を追求することになります。ここでは、成長期に投資していた分野について選択と集中の観点から、盆栽のように事業を剪定していくような事業運営が重要です。

【衰退期】
衰退期では、残存者利得の獲得が目的です。業界下位の企業ほど、この時期に採算性悪化が先にくることが多く、撤退するか、留まるかの意思決定が必要になります。また、No2以下の企業では、ニッチな市場でのトップを目指し、そのなかでの残存者利得の獲得を目指すのも選択肢の一つになります。

事業ポートフォリオ・マネジメントとROIC経営

昨今ROIC経営をうたっている企業が多いですが、事業ライフステージに応じたマネジメントの違いを明確にしていない企業も多く見受けられます。ROICはどちらかと言うと成長後期から成熟期、衰退期の事業に対して、資本効率の面からの評価に適した指標です。導入期の赤字事業や追加投資がかさむ成長前期の事業をROICのみで語ることは、経営判断を誤らせるリスクがあります。
従って、事業ステージの異なる複数の事業ユニットを抱える企業においては、画一的なROIC導入は逆に事業ユニットのパフォーマンスを低下させかねないことに注意すべきです。

事業ライフステージと組織形態

事業ライフステージで組織が異なるのは、前提となる事業環境の環境因子(複雑性と不確実性)が異なるからです。

【図3】事業ライフステージと組織形態

【導入期】
導入期は、第Ⅰ象限に該当します。
まだ、市場としての成立性が不明であり、手探り状態ですから、意思決定を最前線にもっていくプロジェクト型組織が適します。新規事業で出島組織を作り、そこに全権委任するのはこのためです。

【成長期】
成長期は、主に第Ⅱ象限に該当します。
市場として拡大期にあり、製品・顧客・エリア等が多様化し、それに合わせた事業ユニットが必要となります。また、ここでは依然不確実性も高いので第Ⅰ象限と同様にそれぞれの組織に意思決定を委ね自律的に運営される自律分散型組織が適します。
但し、自律分散型の組織は、各ユニットが自己完結的であることから、規模の経済が効きにくいという性質を持ちます。従って、規模の経済が効く機能・経営資源を明確にして共通化・プラットフォーム化を図ることが重要です。

【成熟期】
成熟期は、主に第Ⅲ象限に該当します。
ここでは、不確実性が減少するため、意思決定プロセスが安定し、事業ユニットに対する権限委譲の必要性が減ってきます。また、経営効率を重視するため、ピラミッド型組織が適します。

【衰退期】
衰退期は、主に第Ⅲ象限から第Ⅳ象限に該当します。
選択と集中を繰り返していくことにより、複雑性が減少していくので、権限委譲は最小化されます。特に、売却や撤退を判断して行く必要があるため、トップダウン型の強いピラミッド型組織が適します。

VUCAの時代において、環境変化に対してスピーディに柔軟に対応するため自律分散型組織が求められています。これは、そのような事業環境に対応するために、新たな事業(導入期や成長前期の事業)を生み出さなければならないからです。逆に言えば、そもそも環境変化の少ない成熟期や衰退期の事業に対して敢えて自律分散型組織にする必要はありません。
但し、成熟期や衰退期にある事業であっても事業の定義が大きく変わる、又は変える必要がある場合は、この限りではありません。例えば、内燃機関の自動車事業から電気自動車事業EVに変化する場合などが該当します。

事業ポートフォリオ・マネジメントのための組織タイプ

以上のことを踏まえて事業ポートフォリオ・マネジメントを行っていくためには、各事業(企業)の戦略上の位置付けやガバナンス方針、主なマネジメント指標を明確化することが重要です。

【図4】戦略的位置づけ及びガバナンス方針の明確化

特に、コア事業については、前述のように権限を事業から取り上げるべきですが、これが上手くいっている企業は多くありません。所謂企業の屋台骨、大黒柱の事業であるが故に大きな権限を持ち続けてしまうからです。本来なら、事業側の権限を小さくし、コーポレート本社からマイクロマネジメントを行い、出来るだけキャッシュを生むように仕向けるべきです。そうしなければ、過去の成長期の考え方や成功体験を引きずったままの意思決定を行うリスク(経路依存性の罠)が高くなるからです。

また、インキュベーション事業や将来コア事業は、コア事業から分離すべきです。コア事業にそれらを含めてしまうと、コア事業の意思決定に左右されてしまうからです。コア事業の構造改革の一環で将来の企業価値を生み出す貴重な芽を切り捨ててしまった事例は枚挙に暇がありません。

以上のように事業ポートフォリオ・マネジメントは古くから議論されていますが、実践するのは中々難しいと言えます。こうした事業成長過程からくる経路依存性を断ち切り、大胆なマネジメントが実現できるよう皆様を支援して行きたいと思っております。詳細については是非お問合せ下さい。

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