CFOはROIC経営の旗振り役となれ!
東証の要請などを背景として、皆様の会社でもROE(自己資本利益率)やROIC(投下資本利益率)を経営目標として掲げ資本効率向上に取り組んでいるのではないでしょうか。
しかし、一方でROICが十分に理解されず、会社全体として何となく見ているだけ、各事業には別の指標を設定しているという企業も多く目にします。
こうした資本効率向上の取り組みは、企業価値の番人であるCFOとCFO組織が率先して各組織に浸透と定着を働きかけていくことが不可欠です。
今回は、こうしたROIC経営を推進するにあたって、前提となる「ROICとは何か」のキホンをご紹介いたします。
【CFO組織とは】
CFOを核に熱き思いと冷徹な計算で企業価値創造をドライブする集団
広くは、経営戦略、経営管理、財務会計、ファイナンス戦略、税務戦略、内部統制、リスクマネジメント、監査、サステナビリティ、IR等の領域を担当
ROICとは
ROIC(投下資本利益率)とは、Return on Invested Capitalの略称で、企業もしくは事業の「稼ぐ力」を評価する指標です。調達した資本を事業に投下し、どれだけ効率よく税引後営業利益(または、みなし税引後営業利益)を生み出すことができているのかを評価する指標です。
同じ売上と利益(PL)でも、事業に必要な元手(投下資本)が小さいほうが儲かる事業ではないでしょうか。ROICは、事業に投下した資本と得られた収益の割合を示す指標であり、PLだけでは測れない、その事業の稼ぐ力を評価する指標です。
<計算式>
ROIC(%)=税引後営業利益÷投下資本×100
また、ROICの算出に用いる投下資本の求め方は2通りあります。
① 資金調達サイドに着目する場合
<計算式>
投下資本=有利子負債+株主資本
② 資金運用サイドに着目する場合
<計算式>
投下資本=運転資本+固定資産
=(売上債権+棚卸資産-仕入債務)+固定資産
【図1】ROIC算出アプローチのイメージ
ROIC注目の背景
ROICが注目されるようになった背景としては、投資家からのROE向上の要求の高まりと、企業のグループ・グローバル化の進展が挙げられます。
【図2】投資家のROE要求とROICによる事業の評価
投資家からのROE向上要求の高まり
多くの日本企業では、資本生産性の改善の必要性を認識していながらも、従来型のPL重視経営を続けていましたが、2014年に「伊藤レポート」でROE8%は少なくとも達成すべき水準であることが明示されました。
一律的にハードルを設けることは少々乱暴ですが、中々PL重視から脱し切れない日本企業に対して、確信犯的に具体的な数字が示されましたと言えます。
また、議決権行使助言会社のISSは過去5年平均のROEが5%未満かつ改善傾向に無い場合、経営トップの選任に原則反対を推奨しています。
これらを受け、多くの企業でROE改善が喫緊の課題として認識されました。
企業のグループ・グローバル化の進展
また、グループ・グローバル化した企業では、コーポレートが各事業に対して投資家のように機能し、各事業を評価し戦略的にリソース配分を行う必要があります(ポートフォリオ経営)。
ポートフォリオ経営では、投資家がROEで企業を評価するのと同様に、各事業の評価にROICを用いることが適しています。資本政策は通常グループ全体で行うため、各事業ごとに自己資本を算定するのは困難でもあり、自己資本と他人資本を区別しないROICが各事業の評価に適してるのです。
CFOとCFO組織は、自社の経営環境や各事業の特性を十分踏まえて、なぜ自社でROICを導入することが必要かを明確にしていかなければいけません。
ROICとROE・ROAの違い(なぜROICか)
以上のように資本生産性が重視されるようになったわけですが、ROICの他に資本生産性を表す指標としてROEとROAがあります。
ROEと比較することで、「①資金調達サイド」の考え、ROAと比較すると「②資金運用サイド」の考えも理解しやすくなりますので、両者との比較をご紹介いたします。
ROE(自己資本利益率)は、Return on Equityの略で、企業の自己資本(純資産)に対する利益の割合を表す指標です。
ROA(総資産利益率)は、Return on Assetsの略で、企業に投下された総資産に対する利益の割合を表す指標です。
<計算式>
ROE(%)=当期純利益÷自己資本×100
ROA(%)=当期純利益÷総資産(自己資本+他人資本)×100
【図3】ROICとROE・ROAの違い
ROとROIC
ROEは自己資本を分母とすることから、株主からみた企業の稼ぐ力を評価する指標です。あくまでも株主視点であり、事業自体の稼ぐ力の評価には適しません。
企業が資金を自己資本(株式)で調達するか、他人資本(銀行借り入れや社債等)で調達するかは、企業の財務戦略により決まり、事業自体の稼ぐ力とは関係がありません。同じ事業を行っていても、他人資本で多く資金調達している場合は、分母の自己資本が小さくなるためROEが高くなります。
それに対してROICは「①資金調達サイド」に着目すると、有利子負債と株主資本の合計を投下資本とするため、資本構成の影響を排除して、事業の稼ぐ力を評価することができます。
ROAとROIC
ROAは企業全体の資産に対する稼ぐ力を評価します。
一見、事業自体の稼ぐ力を評価できるように思えます。しかし、事業とは直接関係の無い資産の影響が含まれてしまいます。
例えば、財務安全性を重視し現預金等を多く保有している企業は、総資産が膨らみ、相対的にROAは悪化します。
また、ROAは仕入先に対する交渉力を反映できない、という問題もあります。
仕入先に対して交渉力を有する場合、安く仕入れるか支払いサイトを長くし、キャッシュ面での効果を得ます。支払いサイトを長くした場合、買掛金は増え、必要な運転資金は減ります。事業の体質としては有利になったにも関わらず、総資産は増えるためROAは悪化することになります。
それに対してROICは、「②資金運用サイド」に着目すると、事業に用いる固定資産と仕入債務を含めた運転資本を分母としています。ROICは事業に直接関係の無い「投資その他の資産」は除く一方で、仕入債務を含むことで、仕入先に対する交渉力も考慮して評価ができます。
以上のことからCFOとCFO組織は、自社にとってROICが事業の資本生産性を評価するのに適した指標であることを明確化して推進していくことが不可欠です。
ROICの目標値~加重平均資本コスト(WACC)との比較~
ROEは少々乱暴でありながらも伊藤レポートで8%が一つの目安として示されています。では、ROICの目標値はどのように設定すべきなのでしょうか。
ROICは①資金調達サイドに着目すると、「有利子負債+株主資本」に対して稼ぐ力を表します。
有利子負債も株主資本も資金提供の見返りとして、調達コストが生じています。
そのため、事業として価値を生み出すためには、その資金調達に要したコスト以上に稼ぐことが必要になります。これを超えるべき水準として「ハードル・レート」と呼びます。このハードル・レートは、一般に有利子負債と株主資本のコストの加重平均で求め、「WACC(ワック)」(Weighted Average Cost of Capital:加重平均資本コスト)と呼ばれます。
従って、ROICは少なくともWACC以上の値であることが求められます。
なお調達コストは、有利子負債であれば支払金利、株主資本であれば株主が期待する収益率としてCAPM(キャップエム)を用いて算定されるのが一般的です。
【図4】WACC計算式
ROIC活用の注意点
ハードル・レートを超えることが事業として価値を生み出す必要条件ではありますが、通常事業の成長期では高いROICを出すことは困難です。また、多角化している場合、事業ごとに求められるハードル・レートも異なります。リスクの高い事業においては、株主が求める収益も高くなるため、ハードル・レートも高くなります。
【図5】事業に合わせたROIC目標の設定
一律的にハードル・レートを当てはめるだけでなく、事業のライフサイクルやグループ全体としての戦略に応じた評価を行うことが重要になります。
また、ROICは率として評価する指標のため、相対的にROICの低い投資を控え、縮小均衡を招く恐れがあります。ハードル・レートを超えている場合は、相対的にROICが低くても投資をするなどの判断や、売上・利益額と組み合わせた目標設定などが必要になります。
計算式においても、分母を中心に説明しましたが、分子においても税金をどうするか、本社負担コストをどうするかなどの多くの論点があります。
あくまでもROICは、事業の稼ぐ力を評価し、高めていくための指標ですので、杓子定規に適用するのではなく、個々の企業やその状況に合わせて適切な定義とし、その評価の仕方、KPIへの紐づきなどを設計することが重要になります。
CFO組織は、自社の経営環境や各事業の特性を十分踏まえて、こうした制度設計等を推進し、各事業にROIC経営を浸透・定着していかなければいけません。また、資本効率向上に向けた施策立案や施策推進ができる人財も育成していく必要もあります。
今回は、ROIC経営を推進するにあたって、前提となる「ROICとは何か」のキホンをご紹介いたしました。CFO組織としてROIC経営を推進するための具体的な制度設計、マネジメントプロセス設計、プロジェクト推進方法などの詳細については是非お問い合わせください。
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