アフター・ホルムズ
~経済安全保障企業経営に求められる実務対応~
◆この記事の要約
米・イランの交渉の先行きは不透明であり、ホルムズ海峡の安全な航行再開とショックからの回復まで時間がかかる可能性が指摘されています。地政学競争期が構造化する中、企業には経済安全保障を実務へ落とし込む「多層的な備え」が求められています。そこで本記事では、社外の国際情勢と社内の事業データを統合し、インテリジェンスを具体的なシナリオ設計へ昇華させる手法を解説します。リスクを事業影響として可視化し、迅速な経営判断を支える全社的なガバナンス体制構築の要諦を紐解きます。
- 社外情報と社内情報の統合によるリスクの具体化
国際政治や規制動向などの外部環境と、社内の技術・調達・在庫データを結合し、抽象的なリスクを「管理可能なレベル」の事業影響へと翻訳する。 - インテリジェンスとシナリオプランニングの連動
地政学シナリオを売上やキャッシュフローのシミュレーションに置き換え、想定外を「想定済み」に変えることで経営層の迅速な意思決定を支援する。 - 事業継続を支える具体的な打ち手の策定
輸出入規制や技術流出リスクに対し、調達先の分散、代替市場の開拓、機微情報の管理強化など、事前に準備されたシナリオに基づいて先回りした対応を行う。 - 全社的な経営課題としてのガバナンス体制構築
特定部署に限定せず、人的・データガバナンスを横串で展開。経営判断プロセスに経済安全保障の視点を組み込むための組織的な仕組みを提言。
経営の前提としての経済安全保障
グローバルな事業を取り巻く外部環境において、地政学的リスクや経済安全保障の課題が占める割合が増しており、企業経営の前提として重要度が増しています。今回の米国の対イラン攻撃や、イランによる中東諸国へのミサイル攻撃、ホルムズ海峡を巡る混乱は、数年前には考えられなかった国家間の武力衝突・紛争、経済・貿易の武器化により、ビジネスと国際政治経済や安全保障は別物と言えない状況に突入しています。これが一時的な変化や特別な出来事でなく、今後数十年にわたり企業経営に影響を与える構造的な潮流と捉えて対応する必要があります。
このような環境下では、企業は従来の経済合理性だけを前提としたグローバル戦略を見直す必要があります。特定国との取引や技術展開の判断は、従来のコストや市場規模、成長性だけでなく、国家の介入、国際関係などのリスクを踏まえ、リスク顕在化時の事業影響を予測して戦略に織り込み、企業活動を経済安全保障対応型にアップデートしていく必要があります。
多くの企業では、まず情報収集に力点が置かれがちですが、重要なのは、どのような事象が自社の事業のどの部分、どの機能に、どれほど影響するのかを具体的に想定することです。さらに、複数の地域・市場や技術分野にわたる影響の連鎖も考慮し、サプライチェーン、顧客、パートナー企業への波及を見通すことが必要です。これまで比較的ウェイトが小さかった国家安全保障、政府というステークホルダーの動向を見据えて機動的な経営を行うことが求められてきます。企業は、戦略の柔軟性を確保しつつ、事業継続や成長に不可欠な要素を守るための多層的な備えを持つ必要があります。
【図1】経営の前提としての地政学・経済安全保障
ビジネスと経済安全保障のバランス
今や経済安全保障対応は多くの企業にとって取り組みの必要性が認識されています。一方で、経営として、相反するロジックが求められるビジネスと経済安全保障のバランスをどのように取るかは正解のない課題です。
これまでのビジネスのロジックでは経済合理性が重視され、企業の目的は利益の拡大であり成長のアクセルが求められました。サプライチェーンにおいてはグローバルに最適化され、効率性を追求しコストを抑えることが重視されます。時間軸も月次、四半期、年次から中期経営計画の数年間で捉えられます。これに対して経済安全保障、安全保障の論理では安定性・確実性の確保に重点を置いた経営が求められます。サプライチェーンは有事に対応できる強靭化と冗長性が求められる、重要鉱物資源を使用する製品などは短期的な対応にとどまらず長期的な目線で検討する必要が出てきます。
ここで重要なのが、経済安全保障の取り組みの目的を明確化することです。技術管理、サプライチェーン管理、コンプライアンスといった「守り」の側面ばかりに焦点を当てると、経済安全保障は事業を制約する縛り・コストでしかなく、事業部門を巻き込んで取り組みを促進することは困難です。円滑な事業継続はもちろん、経済安全保障対応が新たな市場開拓や、シェア獲得の好機となるよう、事業戦略・マーケティングと表裏一体で考えることが大切です。
【図2】ビジネスと経済安全保障のバランス
インテリジェンスとシナリオ設計
不確実性が高く、何が起きてもおかしくない環境下において、インテリジェンスはこれまで以上に経営判断の質を高めるうえで要となってきます。「インテリジェンス」という響きからCIAやMI6のようなスパイをイメージするかもしれませんが、ここではグローバルなマクロの外部環境、日々分析している市場動向などのミクロの外部環境、企業活動や業務で扱うデータなど内部環境に関する情報・データの統合活動とそのアウトプットを意味します。インテリジェンスが強化されることにより、自社を取り巻く内外の環境認識が精緻なものとなります。
そのうえで重要となるのが、中長期の経営環境シナリオや、個々の事業におけるシナリオプランニングです。地政学シナリオは一つではなく、複数想定されるため、それらを自社事業と関連付けてシミュレーションを行うことが求められます。例えば、特定国での技術規制強化がサプライチェーンや販売に及ぼす影響を、売上・コスト・キャッシュフローに置き換えて分析することで、経営判断の前提として活用できます。
インテリジェンスを単なる分析で終わらせず、シナリオ設計と結び付けることで、想定外を想定済みに変えていくことが可能になります。さらに、複数シナリオの比較分析を行い、優先度や緊急度に応じて対応策を整理することで、経営層が迅速かつ合理的な意思決定を行えるようにすることが重要です。情報を行動につなげる「翻訳力」が、企業競争力の維持に直結します。シナリオに基づく意思決定は、リスクの回避だけでなく、事業機会の先取りにも寄与します。
【図3】シナリオ構築と財務三表シミュレーション
事業影響と具体的打ち手
地政学的な緊張や経済安全保障上の措置は、企業に対して輸出入規制、自国企業を優遇する政策、技術情報の取得や漏えいといった形で具体的に影響を及ぼします。これらは結果として、サプライチェーンの混乱や麻痺、売上の低下、自社競争力の低下といった事業影響につながります。例えば、部品の輸出規制や特定技術の海外提供制限が発生した場合、製造計画や納期に直接影響し、顧客信頼の損失にもつながる可能性があります。
繰り返しになりますが、経済安全保障リスクを国際政治や安全保障のビジネスから離れた議論にとどめず、逆に引き寄せて事業影響として可視化することが不可欠です。また、リスク管理という守りの要素だけでなく、事業を継続し成長させていくための手段であるという認識を持って、担当部門と事業部門の意志疎通を行うことも重要です。
そのためにも影響の大きさや発生確率を具体的に整理し、ビジネスの言語である売上、利益、キャッシュフロー、顧客満足度などの指標に落とし込むことが重要です。
具体的な打ち手としては、在庫や生産計画の見直し、代替市場や販路の開拓、調達先の分散、機微情報の管理強化などが挙げられます。重要なのは、これらの対応策を事後的に講じるのではなく、事前にシナリオを持ったうえで準備することです。事業への影響を整理し、対応策を具体化することで、経済安全保障を実務レベルで機能させることが可能となり、経営層の迅速な意思決定を支える基盤となります。
【図4】経済安全保障のリスク対応の全体像
経営課題としての体制構築
経済安全保障への対応は、特定の部署や一部の専門人材だけで完結するものではありません。人的ガバナンスやデータガバナンス、情報管理体制の整備などは、経営の課題として横串で展開する必要があります。不審な動きや兆候を迅速に検知し、人とシステムの両面から対応できる体制を構築することが重要です。特に、グローバルに事業展開する企業では、各地域の法規制や政策動向を適時反映する体制を整備する必要があります。
また、インテリジェンスとリスクマネジメントを統合し、経営判断のプロセスに組み込むことが求められます。経営層向けの定期的なレポーティングやブリーフィングを通じて、経済安全保障に関する情報を共有し、意思決定に反映させることが不可欠です。経済安全保障を経営の評価軸の一つとして位置付けることで、不確実な外部環境下においても、事業継続と競争力維持を両立する体制が整います。さらに、社内教育や訓練、シミュレーション演習を定期的に実施することで、従業員一人ひとりがリスク感度を高め、体制の実効性を維持することも重要です。こうした全社的な取り組みにより、企業は変化の激しい国際環境下でも柔軟かつ持続的に成長するための基盤を確立できます。
【図5】インテリジェンスとリスクマネジメントのポイント
レイヤーズ・コンサルティングでは、地政学的リスク、経済安全保障、サイバーセキュリティなどの課題に対応するため、インテリジェンスに基づく全社的リスクマネジメントについてのご相談を承っております。ぜひお気軽にご相談ください。
【関連するビジネステーマ解説集】
経済安全保障とインテリジェンス(前編)
経済安全保障とインテリジェンス(後編)


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この記事の執筆者
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内村 大地事業戦略事業部
マネージャー -
黒佐 華子事業戦略事業部
シニアコンサルタント
職種別ソリューション






