東証が求める「資本コストと株価を意識した経営」とは(壱の巻)
~ROE・ROICが低けりゃ始まらない~
この要請を受け、各企業は2023年3月期有価証券報告書から、ROEやROICを経営目標に掲げたり、資本収益性改善への対応などを開示したりしており、プライム市場では約7割の企業が対応しています。
しかし、ROEやROICを経営目標に掲げても、それを事業のマネジメントに十分活かしきれていない企業も少なくありません。
今回は、PBR1倍以上を目指し、資本効率の向上を図るROE・ROIC経営のポイントをご紹介します。
日本企業の企業価値向上は道半ば
2014年コーポレートガバナンス・コード制定以降、様々なガバナンス改革が進められました。伊藤レポート1.0では資本効率向上を目指しROE8%以上が求められ、伊藤レポート2.0では将来期待を高めていくことを目指し、PBR1.0以上が求められました。
2022年の伊藤レポート3.0と人材版伊藤レポート2.0では、サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)として社会のサステナビリティと企業のサステナビリティの同期化とそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)を求め、また人は「コスト」ではなく「投資」として人的資本による価値創造を求めています。
こうした要請を受け、金融庁は2023年3月期よりサステナビリティへの取り組みや人的資本も有価証券報告書の開示対象としています。
しかし、プライム市場+スタンダード市場では、約半数以上がPBR1.0を割っており、ROE8%未満・PBR1倍未満の企業が約4割近くあり、株式市場からは「日本企業はそもそも経済価値を達成できていない」との厳しい見方がされています。
【図1】プライム市場とスタンダード市場におけるROEとPBRの実態
以上のような背景から、東証は「フォローアップ会議」(2023年3月31日)で、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」として、プライム市場とスタンダード市場の会社に対して、継続的にPBRが1倍を割れている会社には、改善に向けた方針や具体的な取り組み、その進捗状況などを開示することを強く要請することに至ったのです。
ROE・ROIC経営はなぜ必要か
ROEとは何か
ROE(自己資本利益率)は、Return on Equityの略で、企業の自己資本(純資産)に対する利益の割合を表す指標です。
ROE(%)=当期純利益÷自己資本×100
ROEは自己資本を分母とすることから、株主からみた企業の稼ぐ力を評価する指標です。ROEが、株主が期待するリターン(株主資本コスト)を上回れば、企業価値が向上している、より魅力的な企業と言えます。
日本企業の平均的な資本コストは8%程度と言われ、これが「伊藤レポート」でROE8%以上が求められた理由と言われています。したがって、企業の株主に対する責任を果たすためにも、多くの日本企業で資本効率の向上を図るROE経営への取り組みが喫緊の課題として認識されたのです。
ROICとは何か
多角化した企業では、コーポレートが各事業に対して投資家のように各事業を評価し、戦略的にリソース配分を行う「ポートフォリオ経営」を行わなければいけません。この場合、投資家がROEで企業の資本効率を評価するのと同様に、各事業の資本効率を評価する指標が必要となります。
ROEはあくまで株主視点からの稼ぐ力を評価するものであり、事業自体の稼ぐ力を評価するものではありません。ROEは資本構成や資本政策に影響を受けるからです。
そこで自己資本と他人資本を区別しないROICが各事業の資本効率の評価指標として注目されるようになったのです。
【図2】投資家のROE要求とROICによる事業の評価
ROIC(投下資本利益率)とは、Return on Invested Capitalの略称で、企業もしくは事業の「稼ぐ力」を評価する指標です。
ROIC(%)=税引後営業利益÷投下資本×100
ROICは調達した資本を事業に投下し、どれだけ効率よく税引後営業利益(または、みなし税引後営業利益)を生み出すことができているのかを評価します。
同じ売上と利益(PL)でも、事業に必要な元手(投下資本)が小さいほうが、儲かる事業と言えるでしょう。ROICは、事業に投下した資本と得られた収益の割合を示す指標なので、PLだけでは測れない事業の稼ぐ力を評価する指標になります。
ROEとROICはどう違うのか
ROEは自己資本を分母とすることから、あくまでも株主視点であり、事業自体の稼ぐ力の評価ではありません。企業が資金を自己資本(株式)で調達するか、他人資本(銀行借り入れや社債等)で調達するかは、企業の財務戦略により決まり、事業自体の稼ぐ力とは関係がありません。例えば同じ事業を行っていても、他人資本で多く資金調達している場合は、分母の自己資本が小さくなるためROEが大きくなります。
ROEに対しROICは、こうした資本構成の影響を排除して事業自体の稼ぐ力を評価することができます。したがって、経営者が事業を評価する指標としてはROICが適していると言えます。
ROE・ROICの向上はPBRに結びつく
ROEとPBRはある程度の相関性があります。東証プライム市場におけるROEとPBRの関係は下図のようになっており、ROE8%まではPBRとあまり相関関係がありませんが、ROEが8%を超えるとPBRとの正の相関関係を読み取ることができます。日本企業のROEが8%以上を求められるのはこうした理由とも言われています。
【図3】東証プライム市場におけるROEとPBRの相関
以上のように、PBR1倍割れから脱却するためには資本コストを意識したROE・ROIC経営の重要性はますます高まっています。
ROICで全ての事業を評価すべきではない
昨今ROIC経営をうたっている企業が多いですが、事業ライフステージに応じたマネジメントの違いを明確にしていない企業も多く見受けられます。ROICはどちらかというと成長後期から成熟期、衰退期の事業に対して、資本効率の面からの評価に適した指標です。導入期の赤字事業や追加投資がかさむ成長前期の事業をROICのみで語ることは、経営判断を誤らせるリスクがあります。
したがって、事業ステージの異なる複数の事業ユニットを抱える企業においては、画一的なROIC導入は逆に事業ユニットのパフォーマンスを低下させかねないことに注意すべきです。
【図4】事業ステージに応じたマネジメントポイント
【導入期】
市場創造・開拓が目的になりますから、注目すべきは売上高成長率になります。当然この段階で利益が出ることは稀ですので、単年度でROICを目標にしても意味がありません。
【成長前期】
市場においてのポジション確立が目的となりますから、注目すべきはシェアになります。まずは事業としての独り立ちを果たし、単年度での黒字化、累積赤字の解消を図らなければいけません。この段階においても、投資に対するリターンが発現途中であるため、ROICでの目標設定は適切ではありません。
【成長後期】
市場においてポジションが確立し、経常的に利益が出る段階になります。成長に必要な投資も一段落し、キャッシュフローもプラスに転じます。この段階では、成熟期に向けて安定的な利益とキャッシュフローの確保を目指し、適切な投資判断をしながらROICの確保を図るマネジメントが必要になります。
【成熟期】
金のなる木として市場における最大のポテンシャルを刈り取ることが目的になります。成熟期においては、ROICを確保しつつ、キャッシュフローや付加価値額の最大化を追求することになります。
【衰退期】
キャッシュフローや利益は徐々に減少していくため、残存者利得の獲得によってこれらを中長期的に拡大することが目的になります。したがって、ここでもROICを維持しつつキャッシュフローや付加価値が増大するマネジメントを行います。また、撤退するか、留まるかの意思決定をタイムリーにするため、ROICがハードルレートを下回るかどうかを常に監視する必要があります。
適切な事業単位を設定する
企業によってはROICで評価する事業単位の設定が適切ではないケースもあります。ROICは、事業ポートフォリオを変革するために投資単位としての事業を評価するモノサシとして活用します。
したがって、ROICの設定する事業単位が公表セグメントのレベルの場合は、一般に事業単位が大きすぎると言わざるを得ません。通常の事業ポートフォリオを変革する場合は、公表セグメントの下のレベルの事業単位の入れ替えを実施することが一般的ですから、ROICの目標設定はこうした事業単位にすべきです。
【図5】会社全体のポートフォリオと事業のポートフォリオ
また、複数の事業や製品・サービスがさらにその事業単位の中に含まれる場合も注意が必要です。特に成長事業や有望な製品・サービスがその中に含まれる場合、事業全体のROIC目標達成のために、それらへの投資が妨げられるケースがあるからです。
日本企業にイノベーションが起きづらいのは、「中核事業部門の力が強く、有望事業や有望製品・サービスをその中に抱え込み、結果としてそれらを発育不全にしてしまっているからだ」との指摘もあります。こうした、発育不全を起こさないためにも、事業単位の設定は適切にすべきです。
額(面積)の管理も実施する
ROICは「率」であり、使用資本に対するリターンの効率性を図るモノサシです。しかし、企業のマネジメントは、「率」だけではなく「額(面積)」のマネジメントも重要です。
例えば、ROICがハードルレートを超えており、利益の「額」が増大するのに、ROICが低下するため追加投資をためらうケースなどがあります。こうした場合、「額」のマネジメントを合わせて実施することにより、適切な投資判断が可能となります。
【図6】ROICと企業価値の増分の関係
十数年前に経営指標として経済的付加価値が話題にのぼりました。経済的付加価値は、事業のリターンから投下資本に対する資本コストを引いた額で、その事業が生み出した価値を図るものです。ROICで資本コストを意識させるマネジメントを実施していくならば、再度経済的付加価値をマネジメントに取り入れてはいかがでしょうか。
また、こうした額によるマネジメントは、前述のように成熟期から衰退期における事業において実施すべきです。
ROIC管理と現場の活動をリンクする
ROICを事業の目標として掲げても、現場の活動やKPIとリンクせずに、額に飾った状態の企業も多く見受けられます。ROICを導入しても定着しないと嘆く企業では、このROICとROIC向上施策の紐づけ、KPIの紐づけがなされていないことが多く見られます。
ROICを事業の目標に掲げた場合、マネジメントの実効性を担保するために、ROICを単に目標として掲げるだけではなく、ROICをいかに向上させるかといったROIC向上施策とその施策を実行するうえでのKPIを具体化することが重要です。
【図7】ROICと実行施策のKPIツリー
以上のように、日本企業が企業価値向上に苦しんでいるのは、資本効率の向上が不十分だからであり、資本効率向上のためにはROE・ROIC経営を適切に進めていく必要があります。詳細については是非お問い合わせください。皆様とともに日本企業の企業価値向上、PBRのさらなる向上に貢献したいと思っております。
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この記事の執筆者
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杉野 林太郎経営管理事業部 兼 ERPイノベーション事業部
ディレクター
公認会計士 -
大橋 遊経営管理事業部
マネージャー -
木村 祐也経営管理事業部
マネージャー
職種別ソリューション