東証が求める「資本コストと株価を意識した経営」とは(四の巻)
~コングロマリット・ディスカウントで評価されていませんか?~

東証は2023年4月より「資本コストや株価を意識した経営」として、プライム市場とスタンダード市場の会社に対して、継続的にPBRが1倍を割れている会社には、改善に向けた方針や具体的な取り組み、その進捗状況などを開示することを強く要請しました。
この要請を受け、各企業は2023年3月期有価証券報告書から、ROEやROICを経営目標に掲げたり、資本収益性改善への対応などを開示したりしており、プライム市場では約7割の企業が対応しています。
 
日本企業のPBRが低い原因として、事業の選択と集中が余り進んでいないため、投資家からコングロマリット・ディスカウントされているとの指摘もあります。
 
今回は、日本企業の企業価値がディスカウントされている原因と、PBR1倍以上を目指し企業価値のプレミアムを如何に生み出すかのポイントをご紹介します。

日本企業の企業価値はディスカウントされている?

2014年以降のコーポレート・ガバナンス改革の中で、伊藤レポート1.0では資本効率向上を目指しROE8%以上が求められ、伊藤レポート2.0では将来期待を高めていくことを目指しPBR1.0以上が求められました。しかし、プライム市場+スタンダード市場では、約半数以上がPBR1.0を割っており、ROE8%未満・PBR1倍未満の企業が約4割近くあります。

このように、日本企業が長期にわたり企業価値で低迷しているのはなぜでしょうか。
日本企業が長期に低迷を続けている原因の一つとして、高度成長期における多角化した事業を整理できずコングロマリット・ディスカウントを起こしていることが指摘されています。

【図1】事業セグメント数とPERの関係

コングロマリット・ディスカウントで評価される日本企業

本来、多角化は事業間のシナジー効果を期待して進められるべきものです。しかし、日本企業がコングロマリット・ディスカウントで評価されているということは、「逆に、日本企業は多角化でマイナスのシナジー効果(アナジー効果)が発生している」と評価されているのです。物言う株主が日本企業に対して事業のカーブアウト(切り出し・売却)を主張することが多いのは、コングロマリット・ディスカウントを解消するためです。

従って、コングロマリット・ディスカウントを解消するためには、事業の選択と集中を十分実施していること(事業を絞りこんでいること)と、事業シナジーがあること(カーブアウトをしない理由)を明確に説明する必要があります。

【図2】コングロマリット・ディスカウントとコングロマリット・プレミアム

多角化における企業と投資家の認識のギャップは大きい

一般社団法人生命保険協会の企業価値向上に向けた取り組みに関するアンケート集計結果(2022年度版)で、企業と投資家の認識ギャップが最も大きかったのは、「事業の選択と集中(経営ビジョン)に即した事業ポートフォリオの見直し・組換え」でした。このように投資家は、日本企業の「事業の選択と集中」には大きな課題があると感じています。

また、経済産業省「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」においても同様な議論がされています。
―企業サイドは、「多角化経営は環境変化の不確実性の高まりに対応し、中長期での持続的な企業価値向上を実現するための一つの手段である。しかし、投資家からは自社が想定しているような評価を受けることができていない」と言い、
―投資家サイドは、「複数事業を展開すること自体を否定するわけではなく、それを一つのビジネスモデルとして発信できていないことが、投資家がコングロマリット・ディスカウントとして評価を下げている理由」としています。

検討会の『中間とりまとめ』では、「多角化経営においても、複数事業に自社のコアコンピタンスを通底させることにより、企業の競争優位の維持・拡大、ひいては中長期的な企業の稼ぐ力、収益力の向上につながるという統合的な一つのビジネスモデルとして捉え、それにより、複数事業のシナジー効果が生じるということを、投資家側に説得的に示していくことが重要である」と提言しています。

【図3】サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会 中間とりまとめ

従って、ここからは特に事業シナジーの創出を中心に、コングロマリット・ディスカウントの解消を検討していきます。

多角化による事業シナジーの本質

では、多角化による事業シナジーとは、どのようなものでしょうか。
企業価値を構成するものとしては、財務資本以外の「見えない資本(非財務資本)」が多くを占め、「自己創設のれん」とも言われています。PBR1倍割れは、この見えない資本がマイナスの状態であると言うことです。

【図4】企業価値を構成する見えない資本(非財務資本)とシナジー効果

本来、事業間のシナジー効果は、各事業のコアコンピタンスとなる「見えない資本(非財務資本)」がシナジーを生み出すこと、即ち事業が持っている「見えない資本」よりも、企業全体の「見えない資本」が大きい状態になることです。例えば、製品ブランドの価値の総計より、コーポレートブレンドの価値が勝っている状態です。

しかし、日本企業は有形の資本を重視し、この「見えない資本」を重視していないため、コングロマリットとしてシナジー効果を十分発揮できていないのです。

経済複雑性指標(ECI)は、日本は22年間世界一

ここでは、日本経済の優位性と課題を表す指標をご紹介します。
マサチューセッツ工科大学メディアラボのセザー・ヒダルゴ准教授が提唱している経済複雑性指標(ECI:Economic Complexity Index)です。ECIは、国内総生産(GDP)のように生み出したモノの量ではなく、モノを生み出すための能力の指標であり、生み出したモノの知識集積度が高ければ、ECIは高いと言えます。

このECIでは日本は22年間世界一であり、知識集積度が高い複雑なモノを作る能力は世界No.1です。
ECIでは日本が22年間世界一なのに、なぜ日本経済は低迷しているのでしょうか。日本経済が長期的な低迷を続けているのは、この経済複雑性の負の側面である『知のガラパゴス化』を招き、資本効率が低下しているからです。

【図5】経済複雑性指標(ECI)は、日本は22年間世界一

ガラパゴス化にもだえ苦しむ日本

日本企業は知的資本のマネジメントが弱く、「独自の知」に拘り過ぎてガラパゴス化を招き、国際的な競争力で後手を踏んでいます。2000年代に市場を席巻し消滅した、ガラケー(ガラパゴス携帯電話)が代表例です。

半導体露光装置市場でも、ガラパゴス化で負けました。かつて日本は7割以上の世界シェアを誇っていましたが、オランダのASMLの戦略によって大きくシェアを失いました。日本のメーカーが独自仕様と内製化に拘ったのに対し、ASMLはモジュール化と基幹部品の外注化を推し進め、ユーザー要望に応える戦略でシェアを奪い、今では7割以上の世界シェアを誇っています。

このように知的資本の分野では、日本企業はオープン&クローズ戦略が拙くガラパゴス化を招き、国際的競争力を失っているのです。

【図6】オープン&クローズ戦略とは

各事業の独自領域が多過ぎる日本企業

では、なぜ日本企業はオープン&クローズ戦略が下手なのでしょうか。
日本企業は各事業が強過ぎて、各事業の独自領域(Ⅰ)が多過ぎるのです。

【図7】設計におけるオープン&クローズ戦略のイメージ

本来、競争優位の源泉は徹底的に絞った領域で独自化を進めて差別化を図り、シナジー効果が期待できる領域はオープン化を進め、「自社内でのシナジー+市場とのシナジー」によって、コストリーダーシップを達成することで競争力を高めなければいけません。
従って、オープン&クローズ戦略を徹底することにより、経済複雑性の負の側面を解消し、資本効率を向上させることができなければ、日本企業は長期低迷からは抜け出せないと言えます。

グループ本社による「見えない資本」のプレミアム創出

「見えない資本」の事業シナジーを生み出していくためには、CXOを軸としたグループ本社が「見えない資本」の側面から各事業に積極的に働きかけていくことが重要です。

「知的資本」では、グループ本社がオープン&クローズ戦略を主体的に推進することが重要です。例えば、メーカーであれば最も重要な知的資本は設計情報であり、この設計情報の共通化を図り、グループ全体のシナジー効果(QCD向上)を生み出すことです。しかし、事業毎に部品をバラバラで購入、設計・製造しているケースが多いのも実態です。

「人的資本」では、各事業や各グループ会社に存在する人財情報を一元化し、グループ本社として最適な人財を最適な事業に配分していくことが重要です。しかし、人的資本情報が有価証券報告書の開示対象になる中で、グローバルで人財情報が一元化できていないケースも多いのも実態です。

「社会・関係資本」では、顧客基盤を統合し、各事業共通でかつグローバルな顧客については、グループ本社がグローバルアカウントとして力強く推進していくことが重要です。
また、人権や地域社会への対応は、「その国にとっては当然」が人権問題を起こしている場合があるため、各国の事業主体に任せるのではなく、グループ本社がグローバル基準で推進していくべきです。

ガラパゴス化と多様性は違う

日本企業は、行き過ぎた多様性とタコツボ化(狭い領域でのガラパゴス状態)から脱却すべきです。
異なる事業の知がタコツボ状態では「新しい知」は生まれません。
自社内や市場における独自性の必要性を見極め、競争優位の源泉のみ独自性を保持し、競争優位を生み出す「厳選し洗練された多様性」でイノベーションを生み出す、こうした戦略をとってこそ、異なる事業の知と知の組合せによる「新しい知」の創出(コングロマリット・プレミアムを生み出すイノベーション)が可能となります。

【図8】独自性と共通性を見極めシナジー効果とイノベーションを創出

以上のように、日本企業が企業価値向上に苦しんでいるのは、事業の行き過ぎた多様性とタコツボ化からくる資本効率の低下が原因です。これを解消し事業シナジーを創出できるのは、CXOを中心とした強い横串機能としてのグループ本社です。詳細については是非お問い合わせください。皆様とともに日本企業の企業価値向上、PBRの更なる向上に貢献したいと思っております。

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