グローバル事業戦略を支えるリスク管理のポイント

第二次トランプ政権の誕生から100日が経過しましたが、同政権の関税を巡り日々刻々と変化する政策に、日本企業も対応の検討を迫られています。トランプ関税や米中経済摩擦の行方、ロシア・ウクライナ戦争、台湾有事など地政学・経済安全保障リスクが不確実性を高めたり、事業環境を大きく変化させたりする等、企業活動に影響を及ぼす傾向が続いています。
 
そこで今回は、グローバルな事業の持続可能な成長を支え、基盤となる地政学等のリスク管理について、アプローチや実際の事例を通じて、どのようにリスクに対応し、事業戦略に反映すべきかのポイントをご紹介します。

企業が直面する地政学等のリスク管理の必要性

リスクとは、企業の戦略目標の達成や成長を阻害するものであり、昨今のトレンドとしては企業を取り巻く外部環境における地政学や災害のリスクが高まっています。世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書」2025年版では、リスクに関するアンケート調査で「国家の武力紛争」、「異常気象(災害)」、「地経学的対立」がトップ3に挙げられました。地政学リスクがVUCAに拍車をかける中で、企業はこれらのリスクを戦略に組み込む必要があります。

また、リスク管理は単なる防御策ではなく、企業の成長戦略においても重要な役割を果たします。株主・投資家の要請に対応して成長戦略を強化する中で、成熟した日本国内からグローバルに活路を見出す企業が増えていますが、その際、リスクを適切に管理することで、企業は新たな市場機会を見出し、競争力を高めることが可能です。

多くの企業では戦略策定の観点とリスク管理の観点は分かれていますが、これからは事業戦略の策定や見直しにリスクの視点を加味し、戦略の成功要因の遂行を阻害するリスクを低減する対応が求められるため、次項より実際に顕在化した地政学等リスクに対してどのようにリスク管理・危機管理を実行し、企業活動・事業戦略への影響を抑え、また事業戦略の見直しに反映できたかの事例をご説明します。

平時のリスク管理と有事の危機管理の連携

地政学的イベントや災害といった予見不可能な脅威に対応するうえで、リスク管理と危機管理のプロセスと対策を連携し、一体的な体制を整備することが重要となります。

しかしながら、そもそもリスク管理と危機管理の違いとは何でしょうか?
リスク管理とは、平時に年間サイクルで実施する将来リスクを早期に検知して対処する取り組みとなります。リスクの特定、評価、対策の実施、モニタリングを含むPDCAサイクルを回すことが求められます。一方、リスクが顕在化し危機が発生した時に、いかに対処するかという考え方が危機管理となります。発生した事態の影響度を評価し、緊急対応で被害を抑制し、その後復旧するという流れになります。

両者を連携するポイントは4点あります。

1つ目は、事業や戦略の現状を踏まえたうえで、優先的に対応するリスクを評価・特定し、全社的に対応すべきリスクへの低減策を策定することが重要です。
2つ目は、特定された優先リスクをモニタリングする枠組み・体制の整備です。どのリスクについてどこから情報を得るかを決めておくことが重要です。
3つ目は、モニタリング対象となるリスクが顕在化し、平時から有事対応へと切り替えるポイント、つまり閾値(トリガー)の設定です。どこまでリスクを許容するか、どこで損切りをするかの判断基準を予め設けておくことが重要です。
4つ目は、有事の体制と対処方針を策定し、いざという時に決め事にしたがって緊急対応できる備えを持つことが重要です。

【図1】リスク管理と危機管理の連携ポイント

リスクの洗い出し[大手小売企業の事例より]

グローバルな事業展開にリスク管理の視点を組み込んだ一例として、大手小売企業の新興国市場進出の事例があります。こちらの大手小売企業は、株主・投資家からの成長戦略強化の要請を受けて、さらなる成長のために、成熟した日本市場ではなくグローバルに活路を求め、これまで未開拓だった新興国への進出を検討していました。攻めの市場の有望性についてはGDP成長率、生産人口や若者人口、小売市場規模、同業他社の進出状況など評価材料がそろっていた一方で、進出先候補となる新興国に存在するリスクを評価するための情報が不足していました。

そこで、リスクの洗い出しを行い、国際的な指標を活用してリスクをスコア化し、ポートフォリオを作成しました。具体的な取り組みとしては、まず企業としてリスクから守るべき対象を他社事例や各国の過去事例を踏まえて絞り込み、従業員の安全(人的資産)や安定的に事業活動を行ううえで不可欠なインフラ、企業の信頼と設定しました。

そのうえで、これらに対して脅威となる考慮すべきリスクを抽出しました。例えば、①人の安全に関しては戦争・テロ、事故等、②事業の安定に関しては規制・法規制、あるいは法律がしっかり整備され、公平な裁判が行われるかという法の支配の観点や、物流等のインフラの観点等、③企業の信頼性に関しては汚職、レピュテーションリスク等がそれぞれ導出されました。

【図2】リスクの洗い出し

リスクのスコア化とポートフォリオ化[大手小売企業の事例より]

進出先を選定するにあたっては国ごとのリスクをスコア化し、定量的に比較することが必要となります。こちらの大手小売企業は、抽出した同社の事業に対するリスクをすでに存在する様々な国際指標に反映し、カントリーリスクの数値をデータベース化したうえで、独自の係数で計算し、スコア化しました。
例えば、戦争・テロといった事項については、グローバル平和指数を指標とし、物流インフラであれば世界銀行の物流パフォーマンス指数などを活用しました。

ここで重要となるのがスコア配分です。企業の想いとして従業員の安全を最も重視するのであれば、関連する指標のスコア配分を高めに設定しますし、食品等を取り扱う小売業であれば物流が重要な要素になりますので、物流パフォーマンス指数の全体評価に占める比重設定が大きくなります。

そこで、事業への影響や企業・経営者としての方針を反映し、目的や業界に応じたスコア化を行いました。その結果、リスク評価の納得感につながりました。さらに、リスクの観点を市場性・成長性の観点と組み合わせ、ポートフォリオを作成することで、双方が視える化となり、一定の市場有望性があり、かつリスクが許容範囲である国や市場を特定することができ、意思決定を後押しする大きな決定材料となりました。

また、リスクのスコア化・ポートフォリオ化と並行して、絞り込んだ進出国において特定されたリスクを踏まえ、危機を想定したモニタリング体制や判断基準を策定することも、万が一の時の対応や経営判断を円滑に行ううえで重要です。このような攻めと守りを同時に押さえ、リスク管理を加味した事業戦略の策定が進出の成功率を高め、また危機に際して迅速な撤退等の判断を可能にするのです。

【図3】リスクのスコア化

全社的なリスク管理、戦略との統合へ

今後、企業はますます複雑化する地政学等のリスクに対処するため、リスク管理の重要性を再認識する必要があります。特にグローバルに進出し、事業を展開する際には、日本国内にはない様々なリスクを加味した事業戦略の策定、見直しを行うことが重要です。これにより、企業は自社の成長を阻害するリスクや不確実性に対する耐性を高め、持続可能な成長を実現することが可能です。

グローバル経営においては、事業内容や戦略目的に合わせてリスク管理の枠組みを見直し、日本国内とは異なるリスクの評価基準を明確にする必要があります。そしてリスクの観点を戦略の観点、リスク評価を市場性等の評価と統合することで、適切なリスクを取り新規参入の成功確率を高めていくことができます。

当社では、リスクの特定・評価・低減策策定・実行の一連のリスク管理のプロセスに加え、全社的なリスク認識の合意を形成し、リスク管理の重要性を社内全体に浸透させる枠組みの構築や高度化をご支援しています。もしご興味をお持ちいただけましたら、お気軽にご相談ください。

【図4】リスクのポートフォリオ化

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この記事の執筆者

  • 内村 大地
    内村 大地
    事業戦略事業部
    マネージャー

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