グローバル事業戦略を支えるリスク管理のポイント
◆この記事の要約
米中対立、第二次トランプ政権の通商政策、ロシア・ウクライナ情勢など、地政学リスクが企業経営を直撃しています。日本企業がグローバル戦略を見直す上で、リスク管理を「防御」から「成長戦略の基盤」へと位置づけ直す必要があります。本稿では、実際の企業事例をもとに、リスク評価・スコア化・戦略統合のポイントを解説します。
- 地政学リスク管理:米中摩擦・台湾有事・貿易制裁などの不確実性に備え、平時からのモニタリング体制を整備。
- リスクのスコア化・可視化:戦争・災害・法制度などを数値化し、進出国選定や撤退判断を支援。
- 戦略とリスクの統合:市場性とリスクを統合評価し、「攻めと守り」を両立するグローバル事業戦略へ。
- 危機管理体制強化:発生時の迅速対応と復旧を支える有事体制の構築で、企業レジリエンスを向上。
そこで今回は、グローバルな事業の持続可能な成長を支える基盤となる地政学等のリスク管理について、アプローチや実際の事例を通じて、どのようにリスクに対応し事業戦略に反映すべきかのポイントをご紹介します。
企業が直面する地政学等のリスク管理の必要性
リスクとは企業の戦略目標の達成や成長を阻害するものであり、昨今のトレンドとしては企業を取り巻く外部環境における地政学や災害のリスクが高まっています。世界経済フォーラムの「グローバルリスク報告書」2025年版では、リスクに関するアンケート調査で「国家の武力紛争」、「異常気象(災害)」、「地経学的対立」がトップ3に挙げられました。地政学リスクがVUCAに拍車をかける中で、企業はこれらのリスクを戦略に組み込む必要があります。
ここではリスク管理は単なる防御策ではなく、企業の成長戦略においても重要な役割を果たします。株主・投資家の要請に対応して成長戦略を強化する中で、成熟した日本国内からグローバルに活路を見出す企業が増えていますが、その際、リスクを適切に管理することで、企業は新たな市場機会を見出し、競争力を高めることが可能です。
多くの企業では戦略策定の観点とリスク管理の観点は分かれていますが、これからは事業戦略の策定や見直しにリスクの視点を加味し、戦略の成功要因の遂行を阻害するリスクを低減する対応が求められてきます。今回は実際に顕在化した地政学等リスクに対してどのようにリスク管理・危機管理を実行し、企業活動・事業戦略への影響を抑え、また事業戦略の見直しに反映できたかの事例をご紹介いたします。
平時のリスク管理と有事の危機管理の連携
地政学的イベントや災害といった予見不可能な脅威に対応するうえで、リスク管理と危機管理のプロセスと対策を連携し一体的な体制を整備することが重要となります。
リスク管理と危機管理の違いとは何でしょうか?
リスク管理は平時に年間サイクルで実施する、将来リスクを早期に検知して対処する取り組みとなります。リスクの特定、評価、対策の実施、モニタリングを含むPDCAサイクルを回すことが求められます。一方、リスクが顕在化し危機が発生したときにいかに対処するのが危機管理との考え方になります。発生した事態の影響度を評価し、緊急対応で被害を抑制し、その後復旧するという流れになります。
両者を連携するポイントは4点あります。
1つ目は、事業や戦略の現状を踏まえたうえで、優先的に対応するリスクを評価・特定し、全社的に対応すべきリスクへの低減策を策定することが重要です。
2つ目は、特定された優先リスクをモニタリングする枠組み・体制の整備です。どのリスクについてどこから情報を得るかを決めておくことが重要です。
3つ目は、モニタリング対象となるリスクが顕在化し、平時から有事対応へと切り替えるポイント、閾値(トリガー)の設定です。どこまでリスクを許容するか、どこで損切りをするかの判断基準を予め設けておくことが重要です。
そして最後4つ目は、有事の体制と対処方針を策定し、いざというときに決め事にしたがって緊急対応できる備えを持つことが重要です。
【図1】リスク管理と危機管理の連携ポイント
リスクの洗い出し~大手小売企業の事例より
グローバルな事業展開にリスク管理の視点を組み込んだ一例として、大手小売企業の新興国市場進出の事例があります。この小売企業は、株主・投資家からの成長戦略強化の要請を受けて、さらなる成長のために、成熟した日本市場ではなくグローバルに活路を求め、これまで未開拓だった新興国への進出を検討していました。攻めの市場の有望性についてはGDP成長率、生産人口や若者人口、小売市場規模、同業他社の進出状況など評価材料がそろっていた一方で、進出先候補となる新興国に存在するリスクを評価するための情報が不足していました。そこで、リスクの洗い出しを行い、国際的な指標を活用してリスクをスコア化し、ポートフォリオを作成しました。
具体的な取り組みとしては、先ず企業としてリスクから守るべき対象を、他社事例や各国の過去事例を踏まえて絞り込み、従業員の安全(人的資産)や、安定的に事業活動を行ううえで不可欠なインフラ、企業の信頼と設定しました。
そのうえで、これらに対して脅威となる、考慮すべきリスクを抽出しました。例えば、①人の安全に対しては戦争・テロ、事故等、②事業の安定に関しては規制・法規制、或いは法律がしっかり整備され公平な裁判が行われるかという法の支配の観点や、物流等のインフラの観点等、③企業の信頼性に対しては汚職、レピュテーションリスク等がそれぞれ導出されました。
【図2】リスクの洗い出し
リスクのスコア化とポートフォリオ化~大手小売企業の事例より
進出先を選定するにあたっては国ごとのリスクをスコア化し、定量的に比較することが必要となります。大手小売企業においては、抽出した同社の事業に対するリスクをすでに存在する様々な国際指標、カントリーリスクに関する数値をデータベース化したうえで独自の係数で計算しスコア化しました。例えば戦争・テロといった安全事項についてはグローバル平和指数、物流インフラであれば世界銀行の物流パフォーマンス指数などを活用しました。
ここで重要となるのがスコア配分です。企業の想いとして従業員の安全を最も重視であれば関連する指標のスコア配分を高めに設定しますし、食品等を取り扱う小売業であれば物流が重要な要素になりますので、物流パフォーマンス指数の全体評価に占める比重が大きくなります。事業への影響、企業や経営者としての方針を反映し、目的や業界に応じたスコア化を行うことが、リスク評価の納得感につながりました。
さらに、リスクの観点を市場性・成長性の観点と組み合わせることで、ポートフォリオを作成、双方を視える化し一定の市場有望性があり、かつリスクが許容範囲である国や市場を特定し、意思決定を後押ししました。
リスクのスコア化・ポートフォリオ化と並行して、絞り込んだ進出国において特定されたリスクを踏まえ、危機を想定したモニタリング体制や判断基準を策定することも、万が一の時の対応、経営判断を円滑に行ううえで重要です。このような攻めと守りを同時に押さえる、リスク管理を加味した事業戦略の策定が進出の成功率を高め、また危機に際して迅速な撤退等の判断を可能にします。
【図3】リスクのスコア化
全社的なリスク管理、戦略との統合へ
今後、企業はますます複雑化する地政学等のリスクに対処するため、リスク管理の重要性を再認識する必要があります。特にグローバルに進出し、事業を展開する際には、日本国内にはない様々なリスクを加味した事業戦略の策定、見直しを行うことが重要です。これにより、企業は自社の成長を阻害するリスクや不確実性に対する耐性を高め、持続可能な成長を実現することが可能です。
グローバル経営において、事業内容や戦略目的に合わせてリスク管理の枠組みを見直し、日本国内とは異なるリスクの評価基準を明確にする必要があります。そしてリスクの観点を戦略の観点、リスク評価を市場性等の評価と統合することで、適切なリスクを取り新規参入の成功確率を高めていくことができます。
当社では、リスクの特定・評価・低減策策定・実行の一連のリスク管理のプロセスに加え、全社的なリスク認識の合意を形成し、リスク管理の重要性を社内全体に浸透させる枠組の構築や高度化をご支援しています。もしご興味をお持ちいただけましたら、お気軽にご相談ください。
【図4】リスクのポートフォリオ化


ソリューションに関するオンライン相談問い合わせる メルマガ登録
最新情報をお届け! メルマガ登録
この記事の執筆者
-
内村 大地事業戦略事業部
マネージャー
職種別ソリューション


