AI×データ基盤で40年前のコカ・コーラの失敗が繰り返されるのか?
~AIはニュー・コークの夢を見るか~

この記事の要約

社内のデータ基盤とAIの組み合わせによって、データドリブン経営は大きく進化しようとしています。しかし高速に高度な分析・シミュレーションができても、AIが現実世界を十分に捉えていなければ、誤った経営意思決定につながる可能性があります。本稿では有名なコカ・コーラ社の失敗「ニュー・コーク」を題材に、AI時代の限界と、AIが見ていない現実世界を人間が担う重要性を考えます。

この記事を読むとわかること

  • 約20万人のデータが支持した味のコーラは、発売後に消費者の強い反発を招いた
  • AIは大量のデータを分析・シミュレーションできても、現実のすべてを知っているわけではない
  • 今後、AIと人の役割分担や意思決定プロセスそのものの再設計が必要になる
本稿のサブタイトルは、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』になぞらえたものです。原作が「アンドロイドは電気羊をどう捉えるのか」を問いかけたように、本稿では、AIがマーケティング史上の大失敗として知られる「ニュー・コーク事件」をどう捉え、同じような失敗を防ぐことができるのかを考えます。
AI活用・AI投資の名のもとに、多額の費用をかけてデータ基盤を整備し、最新のAIを導入しても、最後にその分析を受け取る人間が判断を誤れば...40年前と同じ失敗を繰り返す可能性があるのではないでしょうか。

AIによって「データドリブン経営」はさらに進む

生成AIやAIエージェントの登場によって、企業のデータ活用は大きく変わろうとしています。
データ基盤に接続されたAIへ自然言語で問いかければ、必要なデータを探し、組み合わせ、要因分析やシミュレーションを行い、その結果から考えられる打ち手まで提示する。現場の担当者から経営層までが、AIの支援のもと大量データを分析し、その結果を意思決定に活用できる世界が現実になりつつあります。

一見すると、データドリブン経営はさらに高度になり、経営判断もより合理的になるように思えます。
大量のデータ分析をもとに、複数の選択肢をシミュレーションし、合理的な打ち手を選ぶ。さらにAIが人間では見落としていた要因やリスクまで洗い出す。これにより意思決定の精度は高まり、経営上の失敗とは無縁の世界となります。

しかし、本当にそうでしょうか。
ここで思い出したいのが、1985年の「ニュー・コーク」です。最新のAI、最新のデータ基盤を整備し、大量のデータを分析しても、40年前のニュー・コークと同じ種類の失敗を繰り返してしまう危険性について検討します。

【図1】役員・取締役会を支えるAI+分析基盤

20万人のデータが支持した「ニュー・コーク」

ニュー・コークは、マーケティング史で繰り返し語られる有名な失敗事例で、現在もコカ・コーラ自身が公式サイトでその経緯と教訓を紹介しています。
1980年代前半、コカ・コーラのシェアはペプシに激しく追い上げられ、シェアの差はわずか2.9ポイントまで縮まっていました。そんな中でペプシは、コカ・コーラとペプシを、商品名を隠して飲み比べる「ペプシ・チャレンジ」を展開し、ペプシを選ぶ消費者が多いことを訴えます。

これに危機感を強めたコカ・コーラは、ペプシより大規模にブラインドテストを行い、多数の消費者が選んだ新しい味のコーラを開発し、99年間親しまれてきた従来の味を変更するという経営陣の大決断の上、「ニュー・コーク」を市場に投入しました。

しかし発売後、「元のコカ・コーラを戻してほしい」という声が大量に寄せられ、元のコカ・コーラを求める消費者運動にまで発展します。

そして発売からわずか79日後、コカ・コーラは従来の味を「コカ・コーラ・クラシック」として復活させました。その後、ニュー・コークも細々と販売していたものの、2002年に終売となりました。

多くの消費者が実際に求めていたのは、ブラインドテストで「一番おいしい」と評価したコーラではなく、多少味の評価は劣っていても、長年飲み慣れた「いつものコカ・コーラ」だったのです。
しかし、味を変更する前に、そんなデータやシミュレーションはどこにもありませんでした。

【図2】ニュー・コーク事件の概要

AIは「ニュー・コーク」と同じ間違いをするか?

ニュー・コークは、データや分析が正しくても、その分析が現実を正しく捉えていなければ、誤った意思決定につながることを示す教訓といえます。

生成AIは、この有名なニュー・コーク事件とその教訓はインターネットで学習済みのため、同じ失敗であれば防げるかもしれません。
しかし、AIの持つデータと現実世界の間に乖離がある以上、ニュー・コークと同じ種類の失敗がなくなるわけではありません。
AIが分析できるのは、基本的にはAIがアクセスし、認識できる情報です。AIが自分の持っているデータの外側に、どのような社会・環境が広がっているのかを知ることはできません。

さらに、まだ起きていない未来はAIであっても分かりません。過去何度も行った値下げやキャンペーンの効果は予測できても、過去1度も変えたことのない味の変更に対して消費者がどう感じ、その反応が口コミや社会全体にどう広がるのか。こうした未来の反応は、事前には完全なデータとして存在していません。

【図3】AIが見ている世界と知らない世界

人はAIの回答を信じてしまう

データ基盤に接続されたAIを使えば、社内外の大量のデータを短時間で分析し、グラフやシミュレーションとともに、論理的で説得力のある提案まで得られるようになります。

もしAIが「調査では新しい味を選ぶ消費者が多く、特に若年層で支持が高いため、新しい味への切り替えを推奨します」と回答し、その根拠として顧客属性別の選好や販売予測、競合比較などを提示したらどうでしょうか。1985年の経営陣以上に、その結論を信じてしまう可能性すらあります。

実際に、国内外の複数の研究で、AIの助言は専門家の助言と同程度に人の判断を動かすことや、同じ内容でも「AIやアルゴリズムの意見」と示された方が、その助言を強く取り入れやすくなることが報告されています。AIに個人的な悩みを相談するほど、AIを信頼する人も決して珍しくありません。

生成AIは、人間の要求に応えようとして、分析結果の説明にとどまらず、具体的な施策まで踏み込んで提案します。そして人間も、大量のデータを分析し、明確な根拠とともに素晴らしい施策を提案してくれたAIを高く評価するでしょう。

施策を実行し、AIの知らないパラメータが明るみになる日までは。

【図4】人間がAIを信じてしまうという研究結果

AIが知らない「現実世界」を担当するのは人間だけ

重要なのは、AIの提案がどのようなデータや前提、ロジックから導かれているのかを理解し、AIが知らない、あるいは十分に捉えられていない現実世界の事象は何かを考えることです。

ニュー・コークでいえば、AIが「新しい味の方が好まれている」と分析しても、消費者にとってコカ・コーラがどのような存在であり、愛着や習慣、感情的な選好がどの程度意思決定に影響するのかは、人間が考える必要があります。

少なくとも当面は、AIが現実社会を完璧にシミュレーションすることはできません。
現状、デジタルツインとしてシミュレーションできるのは、一定ロジックに基づく工場の生産や、工学の世界の自動車の走行シミュレーションなど、限定的な領域に限られ、企業経営や事業戦略の検討に足るような、現実世界をシミュレーションできるデジタルツインは遥か先になります。

ニュー・コークのデータ分析に、消費者の微妙な習性や感情が含まれていなかったように、必ずAIの扱う世界と現実にはギャップが存在します。だからこそ、現実の顧客や現場に触れ、その文脈や感情を理解する「現実世界」の担当は、人間に残ります。

AIがデータの世界を担うほど、人間には、AIが見ていない現実世界を見る役割が重要になるのです。

【図5】人間がAIを信じてしまうという研究結果

AIはニュー・コークの夢を見るか

おそらく、AIは「ニュー・コーク」と同じ種類の失敗を繰り返す可能性があります。しかも人間より速く、より大量のデータを根拠に、より説得力のある形で提案するでしょう。

コカ・コーラが40年以上前に残した教訓は、AI時代になって古くなるどころか、むしろ重要になります。
AI時代の経営で問われるのは、どれだけ高性能なAIを導入したか、どれだけ大規模なデータ基盤を構築したかではありません。その投資を経営成果につなげられるかどうかは、最後にAIの分析をどう受け止め、どう問い直し、どう意思決定するかという「人間側の仕組み」にかかっています。

レイヤーズ・コンサルティングでは、AIを活用したデータ分析基盤の立ち上げや、分析ナレッジのマネジメント、組織設計に加え、ニュー・コークのような失敗を防ぐため、AI活用を前提とした新たな制度・業務プロセスの設計まで支援しています。

例えば、AIによる分析結果を参考情報として扱うのか、正式な判断材料とするのか、どの重要度や金額から人間によるレビューを必須とするのか。さらに、誰がAIの分析根拠や前提を確認し、誰が現場情報や顧客・競合動向を補完するのかなど、AI分析を経営意思決定に組み込むためのルール、権限、責任分担、レビュー方法まで制度化を支援します。

AIを単に経営管理業務に組み込むだけでは十分ではありません。「何をAIに任せ、何を人が担うのか」「AIの分析をどのように検証し、意思決定につなげるのか」までを明確にし、経営管理の仕組みそのものを再設計することが、これからのAI時代には不可欠です。ぜひ弊社にご相談ください。

【出典・引用文献】
【図5】
Krügel, S., Ostermaier, A., & Uhl, M. (2023). “ChatGPT’s inconsistent moral advice influences users’ judgment.” Scientific Reports, 13, 4569.
Ikeda, S. (2024). “Inconsistent advice by ChatGPT influences decision making in various areas.” Scientific Reports, 14, 15876.
Klingbeil, A., Grützner, C., & Schreck, P. (2024). “Trust and reliance on AI—An experimental study on the extent and costs of overreliance on AI.” Computers in Human Behavior, 160, 108352.

この記事の執筆者

  • 大橋 遊
    大橋 遊
    経営管理事業部
    シニアマネージャー
  • 鎌苅 俊太
    鎌苅 俊太
    経営管理事業部
    シニアコンサルタント

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