1300年前から、技術情報管理はモノづくりの最大課題だった

技術情報管理は、モノづくりにおける古くからの最大課題です。
本コラムでは、8世紀初頭(奈良時代の少し前)、我が国最初の貨幣“和同開珎”のモノづくりが直面した技術情報管理にスポットを当て、現代につながるヒントを含めて探っていきます。

モノづくり企業にとって、技術情報のセキュリティ対策徹底が急務

変動する国際社会を背景に、経済・技術の安全保障が叫ばれています。
各国が技術の収奪を目的に、経済活動・研究活動を装いながら企業へ接近し、先端技術や機密データを不正獲得する事案も少なからず発生しています。
モノづくりを担う企業にとっては、虎の子を盗まれる脅威と日々対峙している状況です。

技術流出の現状と、企業として必要な対策。公安調査庁は2022年5月に、『経済安全保障の確保に向けて2022~技術・データ・製品等の流出防止~』を公表しました。

当資料内では、流出経路として「投資・買収」「不正調達」「留学生・研究者の送り込み」「共同研究・共同事業」「人材リクルート」「諜報活動」「サイバー攻撃」の7点を挙げ、それぞれ国内外で発生している事例と、事例を踏まえた主な注意点がポイントとして簡潔にまとめられています。
また企業が取る対策として、「不審なアプローチへの組織対応(個人対応はNG)」「適切な情報管理の徹底」の2点を挙げています。

適切な情報管理の一例として、機密情報アクセスや機器持ち出し制限、組織内教育、また個々人の行動(メール上などの不審なURLや添付ファイルをクリックしない 等)が掲載されています。すなわち、各企業が技術情報セキュリティを徹底する、そのために適切なツール・規定・人材を整備することが必須。今や、そういった時代であると言えます。

【図1】データ・技術の想定流出経路

技術情報管理は、1300年前からの国家課題だった

さて、技術情報管理が国家課題だったのは、必ずしも現代に限った話ではありません。
実に1300年前から、モノづくりを行う組織は技術情報管理と向き合ってきたのです。
現代の地球規模の争いとは趣を異にしますが、通貨の偽造をめぐって国家 vs 「悪党」の激しい争いが繰り広げられていたのです。

国家的な流通を目的とした初めての貨幣とされるのが、708(和銅元)年に発行された和同開珎です。
『続日本紀』上の記述によると、同年5月「始めて銀銭を行う」・8月「始めて銅銭を行う」とあり、銀銭・銅銭の2種類が順に発行されていることが分かります。

なお2種類の銭貨についていえば、翌709(和銅2)年8月「銀銭を廃(や)めて一ら銅銭を行はしむ」、翌710(和銅3)年9月「天下の銀銭を廃(や)む」との記述の通りで、銀銭の流通はすぐにやめて、以後は銅銭への一本化を図ることとなります。

貨幣の鋳造を司る組織体系も同時に整えられていく様子が伺えます。
和同開珎の流通開始に先立って、708(和銅元)年2月に「始めて催鋳銭司(さいじゅせんし)を置く」との記述があります。

実際のモノづくりはどうだったでしょうか。文献によると、当初は近江国(滋賀県)、その後河内国(大阪府)、播磨国(兵庫県)、大宰府(福岡県)で銅銭生産が行われたことがわかります。

これは銭貨生産を担当する人材も散らばっていたことを意味します。1300年前であることを踏まえると技術者と技術情報の管理は、非常に難しかったであろうと推測できます。

古代貨幣生産は技術情報管理に悪戦苦闘した

ここからは実際に技術情報管理が難しくなっていたことを裏付ける記述に着目します。
流通開始から8か月後の709(和銅2)年1月にはすでに、銀銭の私鋳への罰則強化(官位はく奪、財産没収)の詔が出ています。

前述の通りで銀銭は翌年にかけて流通停止に向かいます。この背景には対馬などで採掘されたと見られる銀資源の量が少なかったことに加え、銀資源の調達経路・技術情報の双方を政権が安全確保できず、どうしても偽造通貨が出回ってしまう実状があったと推定されます。

残った銅銭の私鋳は、何が何でも防がなければなりません。
711(和銅4)年10月の詔には、私鋳は斬罪・連座と改められています。厳格なペナルティで、違法拡大を食い止めようとしたのです。

しかしながら、私鋳は止みません。史料は、716(元亀2)年大宰府の私鋳を語っています。私鋳銭は、実際に出土もしています。

奈良政権は、様々な対策を打ちました。
和同開珎(銅銭)は発行開始のしばらく後に①合金の成分を変更。
さらに②技術者管理を強化。私鋳銭者の斬殺をやめ、鋳銭司での管理使役に転換。
加えて、③安全なロジスティクスを確立。
743(天平15)年に、有名な大仏建立プロジェクトが開始。それに伴って、長門国(山口県)の長登銅山で多く採掘されていたとされる銅資源の長門-奈良間の輸送ルートが確立しました。無理を承知で進めた大仏建立のプロジェクト。これは、政権が銅資源を確保する貨幣政策の一部として位置付ける研究論文もあります。
その後、④新貨幣(万年通宝)の発行。

このような施策を講じましたが根本解決とはならず、わが国における国産銭貨は徐々に終息へ向かいます。
古代の銭貨生産における技術情報管理は、技術者の各地分散を前提にスタートしてしまったがゆえに、厳格なペナルティや強硬手段にもかかわらず、政権は技術情報管理に敗れたのです。

【図2】関連年表・関連地図

技術情報移動の容易性は、一方で現代の企業の脅威

古代の技術情報は主として技術者に従属していましたが、現代の技術情報は主にデータ化されています。利便性が高まった反面、悪意を持って技術収奪を狙う者にとっても都合がいい状況が整い、企業にとってはあちらこちらに潜む脅威に晒されている状況が生まれています。

たしかに現代においても、悪意を持って技術情報を収奪した者に大きなペナルティが課されていることは間違いありません。が、古代と同じく、ペナルティだけでは技術情報の移動は止まりません。

企業は、ゼロトラストの考えに沿った仕組みと運用・監視体制作りに加え、容易な技術流失を発生させない社内教育の徹底が求められているのです。

このためには、データ・プロセス・権限を棚卸し、議論ができるようにマップ化することが必要です(長門-奈良間の地図に似ています)。
そのマップ上にリスクをプロットし、リスクの大きさに応じて対応を決めます。

なお、リスク対応通りに事は運びません。モニタリングプロセスを整備し、リスク対応・発生時対応を不断に見直すこと。
これはDXのウラの顔になります。表の顔の整備だけでなく、ウラにも気を配る。表もウラも同じマップを使いますので、DX推進の際にはセキュリティにもご留意なさるとよいでしょう。

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この記事の執筆者

  • 越智 啓仁
    越智 啓仁
    DX事業部
    マネージャー