企業の稼ぐ力を取り戻せ!
コーポレートガバナンス改革 10年の軌跡(第3回)

第2次安倍内閣発足後、日本経済の再興を目指した日本再興戦略が2013年6月に発表されてから10年、その間アベノミクスとして様々な政策や提言を打ち出しました。特に日本企業の『稼ぐ力を取り戻す』を旗頭にROE8%以上PBR1倍以上を目指して一連のコーポレートガバナンス改革を推進しました。
しかし、日本企業の稼ぐ力の復活は道半ばです。約4割の上場企業において、ROE8%以上PBR1倍以上が未達成です。
 
今回は、コーポレートガバナンス改革の10年の軌跡を振り返りながら、日本企業に求められる変革のポイントを4回に渡ってご紹介します。

コーポレートガバナンス改革 10年の軌跡

コーポレートガバナンス改革として、スチュワードシップ・コード制定、コーポレートガバナンス・コード制定、会社法改正、伊藤レポート発表、価値協創ガイダンス発表など様々な制度改正と提言が行われてきました。

【図1】コーポレートガバナンス改革10年の軌跡

今回は、第3回としてサステナビリティ・トランスフォーメーションや人的資本に係わる改革を中心に振り返ります。

サステナビリティ・トランスフォーメーションを提言

経済産業省は、2019年11月に「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」を設置し、企業と投資家が対話を通じて価値を協創していくに当たっての課題や対応策を検討し、2020年8月「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」中間取りまとめを発表しました。

具体的には、外部環境の変化に対応しながら、企業が長期的かつ持続的に企業価値を向上させることを目的として、社会のサステナビリティ(持続可能な社会に対する要請への対応)と企業のサステナビリティ(企業が長期的かつ持続的に成長原資を生み出す力(稼ぐ力)の維持・強化)を同期化し、投資家との建設的な対話により、価値創造ストーリーを磨き上げ、企業経営のレジリエンスを高めていく「サステナビリティ・トランスフォーメーション(SX)」を提唱しました。

【図2】サステナビリティ・トランスフォーメーションとは

これにより、日本企業は社会価値と経済価値の同時達成がより強く求められることとなりました。

人材版伊藤レポートを発表

経済産業省は2020年1月に「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」を設置し、人材戦略について経営陣、取締役、投資家がそれぞれ果たすべき役割、投資家との対話の在り方、関係者の行動変容を促す方策等を検討し、2020年9月に「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書 ~人材版伊藤レポート~」として発表しました。

具体的には、人材を「コスト」ではなく「投資」即ち人的資本として捉え直し、人材戦略の変革の方向性、経営陣・取締役会・投資家が果たすべき役割、人材戦略に共通する視点や要素などが提言されています。

【図3】人材版伊藤レポートにおける変革の方向性

これにより、人的資本への投資によるイノベーションや価値創造が日本企業により求められ、岸田内閣の新しい資本主義「成長と分配の好循環」へと続くことになります。

コーポレートガバナンス・コードを改訂(3回目)

東証は、2021年6月、コーポレートガバナンス・コードの改正を行いました。今回の改正は「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」からの提言を踏まえ、改正されたものです。特に、2022年4月からの東証の市場区分の見直し(プライム市場、スタンダード市場、グロース市場、詳細は次章)を前提に、プライム市場上場企業においてはより厳しいコーポレートガバナンスを求めています。

東証によればコーポレートガバナンス・コードの改訂の主なポイントは以下の通りです。
(参考:日本取引所グループによる改訂コーポレートガバナンス・コードの公表

1.取締役会の機能発揮

  • プライム市場上場企業において、独立社外取締役を3分の1以上選任(必要な場合には、過半数の選任の検討を慫慂)
  • 指名委員会・報酬委員会の設置(プライム市場上場企業は、独立社外取締役を委員会の過半数選任)
  • 経営戦略に照らして取締役会が備えるべきスキル(知識・経験・能力)と、各取締役のスキルとの対応関係の公表
  • 他社での経営経験を有する経営人材の独立社外取締役への選任

2.企業の中核人材における多様性の確保

  • 管理職における多様性の確保(女性・外国人・中途採用者の登用)についての考え方と測定可能な自主目標の設定
  • 多様性の確保に向けた人材育成方針・社内環境整備方針をその実施状況とあわせて公表

3.サステナビリティを巡る課題への取組み

  • プライム市場上場企業において、TCFD又はそれと同等の国際的枠組みに基づく気候変動開示の質と量を充実
  • サステナビリティについて基本的な方針を策定し自社の取り組みを開示

4.上記以外の主な課題

  • プライム市場に上場する「子会社」において、独立社外取締役を過半数選任又は利益相反管理のための委員会の設置
  • プライム市場上場企業において、議決権電子行使プラットフォーム利用と英文開示の促進

 

これにより、日本企業に人的資本の開示、サステナビリティを巡る課題への取り組みの開示などが求められるようになりました。

東証が市場区分をプライム市場、スタンダード市場、グロース市場に見直し

東証は、2022年4月4日に市場区分見直しを行い、「プライム市場」、「スタンダード市場」及び「グロース市場」の3つに再編しました。

【図4】東証による市場区分見直しの概要
出典:日本取引所グループホームページ

これは、上場会社に対して、「プライム市場」、「スタンダード市場」及び「グロース市場」の3つの市場の新たな特性を活かして、各市場区分に応じた企業価値向上に取り組む環境を整備することを目的としています。
これにより、上場企業は自社の特性に合わせた市場区分を選択し、投資家がより適切な投資先を選ぶことができるようになることが期待されています。

人材版伊藤レポート2.0を発表

経済産業省は、2021年7月「人的資本経営の実現に向けた検討会」を設置し、人的資本経営の実現に向けた主要課題について、今後の具体的な対応の方向性や、各ステークホルダーが実施すべき具体的な取り組みを議論・検討し、2022年5月「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書~ 人材版伊藤レポート2.0~」を発表しました。

具体的には、「人材版伊藤レポート」が示した内容を更に深掘り・高度化し、特に「3つの視点・5つの共通要素」という枠組みに基づいて、それぞれの視点や共通要素を人的資本経営で具体化させようとする際に、実行に移すべき取り組み、及びその取り組みを進める上でのポイントや有効となる工夫を示すために、より実践的な方法や実践例が提言されました。

【図5】3つの視点・5つの共通要素

特に、「経営戦略と人材戦略を連動させるための取り組み」の中で、「CHROの設置」及び「全社的経営課題の抽出」を最も重要なステップと位置付け、経営トップと人材戦略の責任者を中心に、対話を深め、課題を抽出することが両戦略の連動につながることを強調しています。

SX版伊藤レポートと価値協創ガイダンス2.0を発表

2021年5月に立ち上げた「サステナブルな企業価値創造のための長期経営・長期投資に資する対話研究会(SX 研究会)」と当該研究会の下部ワーキング・グループである「価値協創ガイダンスの改訂に向けたワーキング・グループ」では、SX の実現に向けて長期経営に求められる内容や、そのための企業と投資家の対話の具体的な在り方を価値協創ガイダンスに取り込んでいくための検討を行い、それらの議論の内容と SX の要諦を取りまとめた「伊藤レポート3.0(SX 版伊藤レポート)」と「価値協創のための統合的開示・対話ガイダンス 2.0(価値協創ガイダンス 2.0)」を 2022 年8月に発表しました。

伊藤レポート 3.0では、SXを「社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを『同期化』させていくこと、及びそのために必要な経営・事業変革(トランスフォーメーション)」と再整理し、SXの要諦を取りまとめた“理論編”として自らを位置づけています。
特に、サステナビリティへの対応が経営戦略の根幹をなす要素として重要度を増していることを受け、企業や投資家をはじめとするインベストメントチェーン上の多様なプレイヤーが、長期経営の在り方につき建設的・実質的な対話を行い、それを磨き上げていくことを通じて、SX を実践することの重要性を説いています。

価値協創ガイダンス 2.0では、SXの意義として、企業が持続可能な社会に向けて長期的かつ持続的な価値を提供する重要性とその方向性を明示しました。また、産業構造の変化と要請の高まりに応えるため、長期的な経営・事業変革の重要性を強調しています。さらに、長期ビジョン、ビジネスモデル、リスクと機会の3つの項目からなる長期戦略を設け、ガバナンス、実行戦略、リスクと機会、成果と重要な成果指標の項目を活用し、開示構造と整合性を確保しています。人的資本への投資と人材戦略の重要性を強調し、実質的な対話・エンゲージメントの項目を新設しています。

【図6】価値協創ガイダンス2.0の全体像

SXを経営や対話に落とし込んでいくための言わば“実践編”として価値協創ガイダンス2.0を位置づけ、「人材版伊藤レポート2.0」・「人的資本可視化指針」(後述)等とも併せて参照しつつ、一群のレポートやフレームワーク全体を一体的・整合的に活用することを推奨しています。

新しい資本主義として人的資本可視化指針を発表

内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局は、2022年8月「人的資本可視化指針」を策定し、発表しました。
本指針は、特に人的資本に関する情報開示の在り方に焦点を当てて、既存の基準やガイドラインの活用方法を含めた対応の方向性について、包括的に整理した手引きとして編纂されており、企業が自社の業種やビジネスモデル・戦略に応じて積極的に活用することが推奨されています。

人的資本の可視化の方法では効果的な情報開示(可視化)に向けた基本的な考え方を、可視化に向けたステップでは、具体的な準備の例示や開示媒体への対応を、そして「付録」として参考となる開示指標や事例、関連情報を整理しています。

【図7】人的資本の可視化にむけたステップ

また、可視化の前提となる「人材戦略」の策定とその実践については「人材版伊藤レポート(2020年9月)」及び「人材版伊藤レポート2.0(2022年5月)」が多くの企業経営者・実務担当者・投資家に参照されているため、本指針と両レポートを併せて活用することで人材戦略の実践(人的資本への投資)とその可視化の相乗効果が期待できると推奨しています。

今回は、「コーポレートガバナンス改革10年の軌跡(第3回)」として、サステナビリティ・トランスフォーメーションや人的資本に係わる改革をご紹介しました。弊社では、コーポレートガバナンスに関するコンサルティングサービスを提供しております。詳細については、是非お問い合わせください。皆様と一緒に企業の稼ぐ力を取り戻していきたいと思っております。

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この記事の執筆者

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