すべては知恵で出来ている!
~知的資本経営のすゝめ~

日本経済は失われた30年とも言われる長い低迷を続けています。
経済複雑性指標(ECI:Economic Complexity Index)は20年間世界No.1であるのに、1人当たりのGDPはOECD加盟国中で21位であり5位の米国の4割強となっています。
日本経済低迷の要因として、知的資本を中心としたインタンジブルズが競争力の源泉として重要な経営資源と認識されている今日においても、日本企業はモノ中心で知的資本の重要性に気づいていないことが指摘されています。
 
今回は、日本企業の競争力を復活させるために、知的資本をビジネスにどう活かすかのポイントをご紹介いたします。

知的資本とは何か

知的資本とはなんでしょうか。
「知的資本」とは、広義には人材、技術、組織力、顧客とのネットワーク、ブランド等の目に見えない資産のことをさし、インタンジブルズとも呼ばれることがあります。

【図1】知的資本とは

知的資本は、人間が考えた知恵と言い換えることもできます。人間は誕生してから常に新しい知恵を生み出しています。知恵を生み出す生き物が人間とも言えます。
科学者であり哲学者でもあるブレーズ・パスカルは、「人間はひとくきの葦にすぎない。自然の中で最も弱いものである。だが、それは考える葦である。」と言う有名な一節があります。考えるから人間であるのです。

人間が他の生き物と大きく違う点は、「人間は頭で考えたことを、物理的秩序として物質化できること」と言われています。人間の身の回りにある殆どのものが、人間の頭から生み出されたものです。野菜や果物もその例外ではありません。確かに元々は自然から生み出されたものですが、これを人間が食べたいように工夫を積み重ねて今日の野菜や果物が出来ています。そうした意味では、野菜や果物も人間が考えた知恵の賜物です。
人の集団でも同様です。例えば、人の集団にはどんな集団であれ、一般に慣習やルールなどがあります。こうした慣習やルールなどもその集団を持続するために必要な知恵と言えます。逆に言えば、人の集団は人の生み出した知恵によって結びついているとも言えます。

このように、人を取り巻くものの多くは人が生み出した知恵、即ち知的資本なのです。

知的資本は複製でき増殖する

知的資本は、「複製でき増殖する」ことが最大の特徴です。

音楽を例に考えてみましょう。
ベートーベンが交響曲を生み出しても、そのままでは今の時代に残っていません。交響曲を譜面という媒体に記録(転写)し、初めて保存性が出てきます。この譜面に基づき、オーケストラが物理的な音として演奏(転写)して人々に伝えることが可能になります。その演奏は、譜面が複製されることによって、様々なオーケストラによって演奏され増殖していきます。そして、あるオーケストラの演奏が録音されるとまた保存性がでますし、その音源を元にレコードを制作(転写)すれば、さらに増殖していきます。
このように、音楽という知的資本は複製され増殖していきます。他の知的資本も同様であり、知的資本は複製され増殖する無限の可能性を秘めたものなのです。

知的資本を生み出すためには人が不可欠です。そして、人がいる限り知的資本は生まれ、複製され増殖されていくという可能性があります。この知的資本を生み出すことを価値創造と呼べば、人がいる限り価値創造は無限大だということです。
つまり、価値創造には知的資本を生み出す人が最も重要な要素となります。昨今人的資本の重要性がうたわれていますが、これは「人による価値創造をいかに起こすか」がその本質なのです。

知的資本の増殖が経済の本質

では、人はなぜ知恵を生み出すのでしょうか。
人間は常により良い状態で生きること(Well-being:幸福)を望んでいるため、常に知恵を生み出していると言われます。そう考えると、人は「人の生み出した知恵の総量とWell-beingは相関がある。知恵があればあるほどWell-beingになる。」ことを期待していると言えます。

新たに加えられた知恵は経済的には付加価値とも言えます。こうした経済的な付加価値の増殖をおこなうことが経済活動と考えると、経済活動は結局のところ人間が「Well-being」となることを目的としていると言えるのではないでしょうか。

これが知的資本に着目した経済活動=知的資本経営です。知的資本は前述のように人によってのみ創造されることから、知的資本の元となる人を重視した経営とも言えます。
知的資本経営は、人的資本が知的資本を生み出し、それを増殖させて蓄積量を増やし、人の「Well-being」を達成する経営です。

知的資本をいかに複製し増殖するか

知的資本における価値創造は、知的資本を生み出し複製し増殖させることで実現されます。

知的資本の複製・増殖のパターン

ここでは、価値創造の具体的なパターンを考えてみます。

■製品の製造・販売
一般に、製造業では製品を製造し販売しています。
製品を製造・販売するとは一体どういうことでしょうか。早稲田大学の藤本隆宏教授によれば「製品は設計情報が媒体(モノ)に転写された人工物」としています。つまり、製品の本質が設計情報という知的資本とすれば、製品の製造・販売は知的資本を物理的な媒体に転写させて売っているということです。即ち、製品の製造・販売は、設計情報という知的資本を複製し増殖させていることになります。製品はモノとしての機能と効用が前面にでますが、その裏側には知的資本が存在しているのです。

■本の製造・販売
本の製造・販売の場合はどうでしょうか。
例えば、紫式部の「源氏物語」は昔から写本がありますが、写本は紙としての価値ではなく、「源氏物語」自体に価値があるから人に読まれます。本は物理的な紙ではなく、そこに記された情報(知的資本)に価値の本質があります。本の製造・販売は、本に書かれた知的資本を複製し増殖させていることになります。

■電子書籍の販売
電子書籍の場合はどうでしょうか。
紙の書籍と違い電子書籍は印刷が不要です。電子書籍はデジタルの利点を活かし、電子的に複製され増殖されていきます。

【図2】電子書籍の販売

ここにおいて重要なことは、デジタル化によって物体としての制約が最小化されていることです。前述の製品や本は、各種の手段によって空間的に移動しなければ利用者に届きません。しかし、電子書籍は空間的な移動が瞬時におこなわれます。そのためデジタルコンテンツが国をまたいで移動することは輸出というイメージが弱いですが、これも知的資本の輸出の一形態なのです。

■ホテルサービスの提供
ホテルサービスの提供の場合はどうでしょうか。
ホテルサービスの構成要素は、物理的な宿泊施設、各種宿泊用品、食料、人によるオペレーション、運営するためのコンピュータシステム等様々なものから構成されます。これらの構成要素は、それぞれ全て知的資本です。人的サービスも単なる労働力ではなく、お客様をいかにもてなすかといった知恵をベースにおこなわれています。つまり、ホテルはこうした知的資本を常に複製し増殖させて、様々なお客様の要望に応えていることになります。
従って、ホテルサービスがどんな知的資本で成り立っているのかを明確化できなければ、ビジネスとして成立しません。つまり、一流のホテルチェーンであればあるほど、暗黙知(人の内面にある他人に説明することが難しい知識)を形式知(文章や図解、数値などによって表現された客観的な知識)として表出させ、この表出した知的資本の複製と増殖を繰り返すことに長けていると言えます。

知的資本の複製・増殖には形式知の表化が不可欠

以上のように、モノやサービスの販売は、すべて知的資本を複製し増殖させていることになります。
ここで注意してほしいのは、デジタルによる複製と増殖の加速力です。電子書籍は紙という物質媒体と比較して、極度に複製と増殖が容易であり速いことです。
従って、これからの知的資本経営においては、このデジタルの力を最大限に活用することが重要です。そのためには、知的資本を形式知として表化しなければいけません。日本人はこの点が非常に弱いのではないでしょうか。

日本人は空気を読むと言われています。まわりの空気を読んで、あえてそれを口にださないことを美徳とする傾向があります。これに対し西洋的な社会は、契約をベースにしていると言われています。つまり、全て契約条項として書き出すことが基本になります。
日本企業が失われた30年の中で海外の企業に競争で負けたのは、知的資本の重要性を見逃し(日本人は知恵が存在していることが空気のように当たり前のことと考えてしまい)、知的資本を愚直に表化することを軽視したからではないでしょうか。
今では考えられませんが、マクドナルドのマニュアル対応を笑い話としていた時代もあったのです。

物的資本輸出型から知的資本輸出型への転換

日本経済の発展は高度成長期から今に至るまで製品の輸出に依存しています。言い方を変えれば、製品の輸出にこだわっていたと言えます。前述のように物的資本の本質は知的資本です。知的資本を製品以外の形で輸出することをもっと考えるべきではないでしょうか。

知的資本の交易

SNSは、知的資本の交換をプラットフォームで提供しているビジネスです。
ここでの知的資本の多くは、プラットフォームを利用する利用者が生み出し、交換しあっているビジネスです。従って、SNSは知的資本が交易されているビジネスモデルとも言えます。
また、Netflixのような映像系のサブスクリプションビジネスは、各国にある映像コンテンツを中心に交易しているビジネスモデルです。
これらはデジタルを武器にモノの交易よりも広範囲で速い交易を繰り返すことを強みにしています。

【図3】映像系のサブスクリプションビジネス

このように、日本企業も知的資本に着目して、ビジネスをもう一度捉えなおすことが必要ではないでしょうか。

食文化の輸出

サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長新浪剛史氏は、日本の飲食業は世界に誇る「ソフトパワー」と評価しています。
日本食は世界的に好まれています。日本の食べ物は高度な知的資本が集積した賜物であり、そのことが海外で広く受け入れられているのではないでしょうか。
こうした食べ物は日本では安く提供されていますが、海外ではより高く提供されています。
つまり、グローバルで見ればより高くてもいいということです。

【図4】日本の食べ物は高く売れる

例えば、レンチンでも美味しい冷凍食品やチルド食品はたくさんあります。海外でそれなりの店構えとサービスを用意すれば100ドルの客単価も可能かもしれません。いかに日本の知的資本を高く売るかを考えるのも一つではないでしょうか。

高度な知的資本集約産業への進出

日本企業は、半導体、ロボット、AI、ソフトウェア、コンテンツ、医薬、医療など高度に知的資本が集積した産業へと転換していかなければいけません。昨今の世界的な株高は、AIブームを背景とした半導体業界への期待に引っ張られているといえます。
ただ、こうした産業への進出は大きな先行投資を必要とするため、リスクに対する積極果敢な経営が不可欠です。日本におけるコーポレートガバナンス改革は、日本企業にこうしたリスクに対する積極果敢な経営をするためにおこなわれてきました。従って、コーポレートガバナンス改革を受け身で考えるのではなく、攻めの姿勢で取り組み、高度な知的資本を武器とする企業へ積極果敢に変革していくことが重要ではないでしょうか。

企業経営も知的資本の一つ

また、経営自体も知的資本の一つです。欧米企業は、一般にパーパスや経営理念、価値観、様々な慣習、ルール、仕組みなどがしっかり決まっています。日本企業は、空気を読む文化から、これらが余り明確になっていません。日本企業がグローバル化していく中で、海外子会社に対するガバナンスが効いていないことが指摘されていますが、まさに経営を一つの知的資本として捉え、複製し増殖することを怠っていたからかもしれません。例えば、欧米企業のグループ会社は同じ基幹システムを利用するのが当たり前ですが、日本企業のグループ会社はバラバラが当たり前になっています。

昭和の創業者たちは、自らの経営信念や信条を本にして社員教育に活かし、色々なイベントでその重要性を繰り返し説く中で、経営における知的資本の重要性に気がついていたのかもしれません。しかし、平成以降の失われた30年でこうしたことも失われていきました。その間、日本企業のグローバル化の中で現地化が進み、子会社放任主義と相まって、日本企業のガバナンスが未熟のままとなったのです。

グローバル経営を進めるにあたっては、経営においても、経営という知的資本を輸出するという発想に転換し、グループガバナンスを強化すべきではないでしょうか。

今回は、日本企業の競争力を復活させるための知的資本をビジネスにどう活かすかのポイントをご紹介しました。より詳細については是非お問い合わせください。
知的資本に着目し、皆様と一緒に日本企業の復活に貢献していきたいと思っております。

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