コミュニケーション減少時代のR&D改革

◆この記事の要約

日本企業の研究開発部門では、研究員同士のコミュニケーション減少や知見の分断により、研究開発力の低下が課題となっています。研究開発力を高めるためには、単なるITツール導入ではなく、研究データの活用を軸に、部門横断の情報共有、過去知見の継承、市場・競合・技術動向の取り込みを一体で進めることが重要です。
そこで本記事では、研究開発組織が直面する課題と、それを乗り越えるための考え方を示します。

  • 研究部門間の情報共有不足により、重複研究や商品化判断の遅れが発生
  • 過去の研究データや暗黙知が継承されず、同じ失敗や検討の繰り返しが起きている
  • 学会・特許・市場など外部情報の活用が弱まり、研究テーマが内向きになりがち
  • 研究データを一元管理し、検索・共有できる仕組みの整備が不可欠
  • 仕組みと同時に、データ活用を評価・促進する組織文化づくりが研究開発力向上の鍵
日本は長らく製造業を中心に成長してきた国であり、世界に誇る技術立国として位置付けられてきました。高品質なものづくり、緻密な研究開発プロセス、現場起点の改善力は日本企業の競争力を支えてきました。しかし近年、国際競争力指標や企業のR&D成果に関する分析を見ると、日本の技術開発力は徐々に低下傾向にあると指摘され始めています。研究開発投資額は世界的に見ても高い水準を維持しているものの、その投資が成果として十分に結び付いていない状況にあります。こうした状況に追い打ちをかけたのが、ワーク・ライフ・バランスの考え方や、コロナによるリモートワークの浸透にともなう出社頻度の低下や業務外での交流の縮小、研究員同士の対話や偶発的なコミュニケーションの減少です。
 
そこで本記事では、研究コミュニケーションの不足をデータ蓄積や活用する仕組みを構築していくことで補い、研究開発力を向上させていくことを①研究部門間横断での議論・研究情報共有、②企業の過去知見の共有・継承、③市場・競合・技術動向の取り込みの3つの観点から解説します。

【図1】研究開発力向上に向けた3つの観点

① 研究部門間横断での議論・研究情報共有―縦割りを超えた研究開発

研究開発部門の発明は、商品化に向けた改良検討、特許取得、製造ライン構築、流通ルート決定と様々な部門の業務を経て、商品化され上市されます。本来商品化に向け、部門を超えた情報共有や売れる商品にしていくための議論が必要です。部署を跨いだ社員の交流の機会が減ったことにより、商品開発にかかわる社内の相談や議論のハードルが上がり、他部署の実施業務の内容や進捗が見えづらくなっています。

例えば、商品化には営業担当が顧客からヒアリングしてきたニーズ情報の活用や、調達部門が注視している調達リスクの回避検討が必要ですが、コミュニケーションの減少により社内の知見やノウハウを最大限活用した開発ができていない可能性があります。研究員目線でも、自身が関わった発明がいつ、どのような形で商品化され販売されるかが不明瞭になり、研究員のモチベーション低下にもつながります。

開発部門外との情報共有だけでなく、開発部門内でもコミュニケーションの減少により、開発に必要な情報が十分に活用されなくなっている可能性があります。特に、専門領域の異なる研究員同士でのコミュニケーションが減少し、他部署の研究テーマや進捗が見えづらくなると、類似テーマの重複研究や、同じ条件探索を複数部署が並行して行うといった非効率の発生や、他研究室の研究員への気軽な相談やコラボレーションが難しくなります。

「研究情報の共有」において求められるのは、研究テーマのポートフォリオ管理、現在の研究や最新の知見を共有し議論する場の設定、データフォーマットの標準化、情報・データ活用のための基盤の導入等、研究テーマ・実験データ・進捗状況を横断的に把握できる仕組みの整備です。

「研究情報の共有」においては、以下のような対応が想定されます。

  • 商品の企画・研究開発~マーケティングまで、プロダクトを開発する役割・権限を持つプロダクトリーダー制を導入し、プロダクトリーダーが部門間での議論や検討情報をつなぎ、組織横断で研究開発を推進する。
  • 研究者の経歴やスキルを管理のうえ、開発推進に最適なチームメンバーを提案する部門を設立し、研究開発に必要なメンバーをアサインすることで、既存開発案件の上市早期化や、新規事業の提案確率を向上させる。
  • チャットツールの活用やモバイル端末の導入等により、コミュニケーションのハードルを下げ、部門・組織を越えたコミュニケーション活性化する。

② 企業の過去知見の共有・継承

研究員同士の対話が減ると、企業がこれまで培ってきた「過去の知見の共有・継承」が難しくなります。
「過去の知見の共有・継承」とは、企業がこれまで上市してきた製品のデータや実験ノート、開発ノートのデータといった、過去の研究開発の蓄積を一元管理し、研究員が参照できるようにしておくこと加え、かつては研究室内での雑談や終業時間外での交流で共有されていた、研究開発に不可欠なデータや考え方、過去の失敗事例や判断理由、研究実施の背景といった暗黙知を共有・伝承し、研究開発に活用することを指します。

「過去の知見の共有・継承」が行われなくなると、研究開発において前提となる知識に研究員ごとの差異が生まれ、研究員間の研究開発や議論の質の低下につながります。また、企業の研究開発における暗黙知が研究員間で共有・伝承されなくなると、過去に失敗した実験と同じ実験条件で再試行したり、すでに検証済みの仮説を別の研究員が再び調べたりするケースが増え、生産性の低下を招いてしまいます。

こうした、「過去の知見の共有・継承」を行うためには、研究員同士の会話や交流を促す制度、仕組みの導入や、過去の研究テーマ・判断基準・実験結果を体系的に蓄積し、研究員がアクセスできるデータ・情報活用基盤を確立するといった対策が必要です。

③ 市場・競合・技術動向の取り込みー市場・技術動向を共有し、視野を広げる

コロナ禍で学会への対面参加や顧客訪問が制限され、多くの研究員は企業外部の知に触れる機会が減ってしまいました。学会参加や顧客への訪問が減ったことで、外部の研究員と議論し研究の視点を広げる機会が失われてしまい、結果として開発を進めている商品のコンセプト・ターゲットと、市場ニーズや競合技術とのギャップが広がるリスクが高まります。

特に、開発部門主導の企業は、マーケティングやターゲティングの視点が弱まり、ユーザー視点での研究企画が難しくなっています。市場・競合・技術動向を研究員間で共有し、視野を広げるために必要となるのは、特許・論文・市場データ・学会発表など外部情報を計画的に収集し、全社で共有する仕組みです。

レポート負荷の軽減、評価制度への反映、外部調査の標準テンプレート化等、業務の効率化の仕組みと合わせて、研究員が日々目の前の研究やタスクをこなすだけでなく、学会への参加を行い、外部の知見や最新の市場・競合・技術動向情報収集できるようにしていくことが必要です。研究員が企業外部の研究員や顧客と対話し、どのような技術が重視されているのか、どのような製品が必要とされているのか、視野を広げることで初めて社会にとっても会社にとっても価値ある製品を開発できるようになります。

データ基盤の整備とデータを活用する制度・文化の両輪で研究を加速する

研究員間のコミュニケーションが減少するなか、研究で扱うデータの検索性と整合性は、研究スピードと意思決定の質を左右する重要な要素となります。従来であれば、会話や雑談を通じて「背景情報」「最新データ」「判断理由」等が自然に共有されていました。しかし、対面コミュニケーションが減ると、研究員がどのデータが最新なのか分からない、過去の判断理由を追えないようになり、過去と同じような実験を繰り返してしまっている、過去の知見を今の研究に生かしきれない、状態になってしまいます。

特に、データがフォルダ単位や個人PCに散在している状態では、必要な情報を探すだけで時間が浪費され、実験や考察といった本来価値を生む活動に使える時間が削られてしまいます。こうした状況を解決するためには、実験データ・過去の判断根拠・外部情報を統合し、研究員が必要な情報に即座にアクセスできる仕組みの構築が必要です。これにより、研究員はデータ探索の負担から解放され、研究本来の付加価値創出に集中できるようになります。

しかし、データ活用基盤を整備しただけでは研究活動が効率的・効果的に進むようになりません。データを活用するためのメンテナンスやガバナンスが整備され、研究員がデータを活用する文化が醸成されていなければ、仕組みは形骸化し、研究力向上にはつながりません。

重要なのは、データ活用の行動自体を評価される活動として制度化することです。具体的には、外部調査のレポート提出や、過去知見整理への貢献等も評価項目に組み込み、研究員が自然とデータを共有し、過去の知見や競合等の動向を踏まえて研究開発を行う環境を整えることが求められます。さらに、定期的な横断レビューや他部署との議論を促す共有会、学会参加支援など、意図的につながりを生み出す仕組みを組織として設計することも欠かせません。制度と文化の両輪がそろって初めて、データは単なる記録から研究者同士を結び付け、研究を加速させます。

【図2】データ基盤の整備とデータを活用する制度・文化の両輪

R&D機能を再構築するために

研究開発組織に求められるのは、研究部門間横断で情報共有され、企業の過去の知見やノウハウに容易にアクセスでき、企業外部の動向を取り込みながら市場に受け入れられる商品を開発していくことができる仕組みをつくることです。これはツール導入だけではなく、業務プロセス、組織文化、評価制度、データ管理・運用、そして全体を見直すアプローチと仕組みを活用し、商品開発していくための研究員の意識改革まで含めて実施していく必要があります。もし、「弱まった研究力を立て直したい」、「研究開発部門を変革したい」といった想いをお持ちでしたら、是非レイヤーズ・コンサルティングにお声がけください。

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この記事の執筆者

  • 井上 優輝
    井上 優輝
    事業戦略事業部
    シニアコンサルタント

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