買収したのに統治できない会社たち
~会社は買えた、経営は買えない~
この記事の要約
本記事では、M&A後の子会社ガバナンス改革をテーマに、PMIの本質について解説します。非上場企業が上場企業グループの一員となった際に生じる課題は、規程整備や内部統制の不足だけではありません。ガバナンスを支える組織風土、人財育成、管理会計、経営情報の整備まで含めた「経営の作法の移植」が重要です。M&Aの成功を左右するのは買収そのものではなく、子会社が上場企業グループとして自律的に経営できる状態へ変われるかどうかにあります。
この記事を読むとわかること
- PMIの本質は制度やシステムの統合ではなく、「経営の作法」を子会社へ移植すること
- 子会社ガバナンスは規程整備だけでは機能せず、組織風土や日常の行動様式の定着が不可欠
- ガバナンス強化の成否は、経理・人事・法務・内部統制などを担う管理人財と経営人財の育成に左右される
- 管理会計や経営情報基盤の整備、サクセッションプランの構築が、持続的なグループ経営の土台となる
特に、これまでオーナー企業や非上場企業として経営されてきた会社が、上場企業グループの一員となった場合、大きなギャップが生まれます。ガバナンス、決算、人事労務、リスクマネジメント、法令対応。上場企業では当たり前とされる管理水準が十分に整備されていないケースも少なくありません。
さらに問題なのは、規程や制度の整備だけでは解決できないことです。子会社の経営を担う人財、組織風土、経営管理の仕組みが伴わなければ、真の意味での統合は実現しません。
今回は、M&A後の子会社ガバナンスを再構築するうえで重要となる視点についてご紹介します。
子会社はなぜ変われないのか
M&Aが完了した瞬間に、会社が変わるわけではありません。変わったのは株主であって、組織そのものではないからです。
M&A後の子会社でよく見られるのが、「資本関係は変わったが、経営のやり方は昔のまま」という状態です。これまでオーナー企業や非上場企業として成長してきた会社には、その会社なりの成功体験があります。意思決定は特定の経営者に集中し、現場との距離も近く、スピード感を武器に事業を伸ばしてきたケースも少なくありません。
しかし、上場企業グループの一員になると求められるものは変わります。利益を出すことだけでなく、適切なガバナンス、透明性の高い意思決定、リスク管理、法令遵守、正確な情報開示など、社会から求められる責任の範囲が大きく広がります。
ここで陥りやすい誤解があります。それは、「規程を整備すればガバナンスは機能する」という考え方です。例えば、稟議制度や権限規程を導入しても、現場の行動や意思決定の考え方が変わらなければ、運用は形骸化してしまいます。
本質的にPMI(Post Merger Integration)とは、制度やシステムを統合する作業ではありません。経営の作法を移植するプロセスです。どのような情報を経営が重視するのか、どのような基準で意思決定を行うのか、問題が発生した際に誰がどのように報告するのか、こうした経営の基本動作をグループ全体で揃えていくことが求められます。
M&Aの成功を左右するのは、買収そのものではありません。買収後に、子会社が上場企業グループの一員としての経営へと変われるかどうかです。子会社ガバナンス改革の出発点は、まず「会社を買うこと」と「経営を変えること」は別の課題であると認識することにあります。
【図1】上場企業グループに求められるもの
ガバナンスは規程では完成しない
子会社ガバナンスの強化というと、多くの企業はまず規程整備に着手します。権限規程、稟議規程、取締役会規程、リスク管理規程などを整備し、上場企業グループとして必要なルールを揃えていきます。もちろんこれは重要な取り組みです。しかし、ガバナンス上の問題が発生する企業の多くは、規程が存在しなかったから問題が起きたわけではありません。
実際には、「規程はあるが守られていない」「ルールは知っているが運用されていない」というケースが少なくありません。形式的には承認手続きを経ていても、実態としては特定の経営者の判断が優先されていたり、問題があっても報告が上がらなかったりすることもあります。
ガバナンスを機能させるうえで重要なのは、規程そのものではなく、その規程の背景にある考え方です。なぜその手続きが必要なのか、なぜ情報共有が求められるのか、なぜリスクを早期に報告しなければならないのか、といったルールの目的が理解されなければ、ルールは単なるお題目になってしまいます。
組織文化研究で知られるエドガー・シャインは、「組織文化とは、組織が長年かけて身につけた『当たり前の行動様式』である」と述べています。つまり、規程は紙に書かれたルールですが、文化は人々が無意識に繰り返している行動そのものです。どれだけ立派な規程を作っても、「問題はなるべく上に上げない」「面倒なことは後回しにする」といった文化が残っていれば、ガバナンスは機能しません。
子会社ガバナンス改革とは、規程を作ることではなく、規程に沿った行動が自然に行われる状態をつくることです。既定の整備はスタート地点に過ぎません。本当に問われるのは、そのルールが現場の日常に根付いているかどうかなのです。
【図2】ガバナンスを機能させる本質
子会社経営を担う人財が足りない
子会社でガバナンス上の課題が発生すると、多くの企業は制度や仕組みに原因を求めます。しかし実際には、問題の根底に「人財不足」が存在しているケースが少なくありません。
M&Aによってグループ会社が増えると、親会社には子会社を支援し、監督する役割が求められます。ところが、事業拡大のスピードに対して、それを支える管理人財の育成や配置が追いついていないことがあります。特に経理、人事、法務、内部統制、リスクマネジメントといったコーポレート領域では、その傾向が顕著です。
非上場企業として事業運営をしてきた会社が、上場企業グループの一員となると、求められる管理レベルは大きく変わります。決算の精度やスピード、労務管理、内部統制、法令対応など、これまで以上に高い水準が求められます。しかし、その変化を理解し、現場で実践できる人財が不足していると、制度だけが先行し、運用が追いつかない状況が生まれます。
また、親会社側にも課題があります。子会社支援は本来、経験豊富な人財が担うべきですが、自社の事業運営で手一杯になり、十分な人財を送り込めないケースも少なくありません。その結果、子会社は「上場企業グループに属しているが、実態は従来の経営のまま」という状態に陥ります。
ガバナンスの本質は、人が適切な判断を行い、人が適切に運用することです。どれだけ制度を整備しても、それを理解し、実践し、現場に定着させる人財がいなければ機能しません。子会社ガバナンス改革とは、規程や仕組みを整える活動であると同時に、経営人財やコーポレート人財を計画的に育成する活動でもあります。
企業の成長を制約するのは、資金ではなく人財です。M&Aを重ねる企業ほど、この現実と向き合う必要があるのではないでしょうか。
【図3】ガバナンスの本質
数字が見えない組織は統治できない
子会社ガバナンスの議論というと、規程や組織体制、人財育成に目が向きがちです。しかし、見落とされやすい重要なテーマがあります。それが「経営情報」です。
経営の現場では、「現場は順調だと言っているのに業績が伸びない」「数字上は問題ないはずなのにトラブルが発生する」といったことが起こります。その背景には、現場が見ている情報と経営が見ている情報のズレが存在していることが少なくありません。
特にM&A後の子会社では、管理会計の考え方やKPIの定義、レポーティングの粒度が統一されていないケースがあります。売上や利益といった結果指標は報告されていても、その背景にある受注状況、人員稼働、案件採算、在庫状況などが十分に可視化されておらず、問題の兆候を早期に把握できないことがあります。
ガバナンスとは、ルールによって人を従わせることではなく、正しい情報に基づいて正しい判断を行える状態をつくることです。言い換えれば、経営情報の整備はガバナンスの土台そのものです。
また、情報の見える化は監視のためだけに行うものではありません。現場と経営が同じ事実を見ながら議論できる状態をつくることに意味があります。数字に対する共通認識がなければ、会議は感覚論や経験論に流れやすくなります。一方で、事実に基づく対話ができれば、課題発見も意思決定も格段に質が高まります。
子会社がガバナンス改革を進める際、組織や制度の整備だけに目を向ける企業は少なくありません。しかし、本当に重要なのは、子会社の実態をタイムリーかつ正確に把握できる仕組みを持つことです。
情報が適切に見えれば管理できます。そして、管理できるものは改善できます。グループ経営の高度化を目指すのであれば、管理会計や経営情報基盤の整備をガバナンス改革の中核テーマとして位置付ける必要があるのです。
【図4】経営情報がもたらす価値
真の統合は次世代育成で完成する
子会社ガバナンス改革のゴールは、規程を整備することでも、管理体制を強化することでもありません。最終的な目的は、自律的に経営できる組織をつくることです。
そのために欠かせないのが、次世代の経営人財育成です。M&A直後は、親会社から人財を派遣したり、本社主導で管理を強化したりすることが必要な場面もあります。しかし、それだけでは持続的なガバナンスは実現できません。いつまでも親会社が細かく指示を出し続ける状態は、本来目指す姿ではないからです。
むしろ重要なのは、子会社の中で経営を担う人財を育てることです。なぜそのルールが存在するのかを理解し、経営課題を自ら発見し、適切な意思決定を行える人財を増やしていく必要があります。
近年はZ世代をはじめとして、働く人々の価値観も大きく変化しています。かつてのような「背中を見て学べ」という育成手法だけでは、人財は育ちません。権限を与え、挑戦の機会を提供し、失敗から学ぶ経験を積ませることが重要になっています。
サクセッションプランも同様です。サクセッションプランは後任者を決める制度ではなく、将来の経営人財を計画的に育てる仕組みとして捉える必要があります。経営会議への参加、子会社運営の経験、重要プロジェクトの責任者など、経営者として必要な経験を積むことを意図的に設計していくことが求められます。
M&Aによって会社を増やすことはできます。しかし、その会社を持続的に成長させる経営人財は、一朝一夕には育ちません。だからこそ、子会社ガバナンス改革の最終テーマは人財育成なのです。
もし現在、子会社統治やPMIの進め方、管理人財の育成に課題を感じているのであれば、一度立ち止まり、自社のガバナンス体制を見直してみてはいかがでしょうか。制度・人財・組織風土を一体で捉えながら改革を進めることが、真の意味でのグループ経営強化につながるはずです。
【図5】育成の具体的アクション
まとめ
子会社ガバナンス改革というと、規程整備や内部統制の強化を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、今回ご説明してきた通り、本質はそれだけではありません。ガバナンスを機能させる組織風土をつくり、それを担う人財を育成し、正しい経営情報に基づいて意思決定できる仕組みを構築することが重要です。
M&Aによって会社を買うことはできます。しかし、経営の作法や組織文化、経営人財は買うことができません。だからこそ、PMIのその先にある「経営の統合」に向き合う必要があります。
もし、自社の子会社ガバナンスやPMIの進め方に課題を感じているのであれば、一度客観的な視点で現状を整理してみることをお勧めします。制度設計、人財育成、組織風土改革を一体で進めることで、グループ全体の企業価値向上につながる道筋が見えてくるはずです。子会社ガバナンス改革についてお悩みの際は、ぜひお気軽にレイヤーズ・コンサルティングにご相談ください。経営の現場に寄り添いながら、実効性のある改革の実現をご支援いたします。
オンライン相談問い合わせる メルマガ登録
最新情報をお届け! メルマガ登録
この記事の執筆者
-
石井 哲司経営管理事業部
マネージングディレクター
税理士 -
武貞 正浩経営管理事業部
バイスマネージングディレクター -
大橋 沙也加経営管理事業部
シニアコンサルタント
職種別ソリューション









