2022/10/28

人的資本とは?注目される背景やISO 30414との関係を解説

#ヒューマンリソースマネジメント
2021年10月に発足した岸田内閣が打ち出した「新しい資本主義」。政府が人財への投資拡大を鮮明にした追い風もあり、国内でも「人的資本」という概念がバズワード化しつつあります。

また、株式市場では2010年代後半からステークホルダー資本主義が高まり、リーマンショック以前の極端な株主資本主義からの揺り戻しが起こっています。その流れの中で、人的資本など非財務情報や無形資産の価値を反映して株価が形成される傾向が強まっています。

では、具体的に人的資本とは何を指すのか。人的資本の国際的な情報開示ガイドラインであるISO 30414とは何か。人的資本が注目される背景や動向、当社が考えるISO 30414の活用法を説明します。

1.人的資本とは

人的資本とは、人財の能力・技能を資本と捉える経済学における概念「Human Capital(ヒューマンキャピタル)」の訳語です。能力や技能は蓄積することができ、各個人が蓄積方法の意思決定を行うことができます。
 
つまり、人財は利用、消費されて目減りするものではなく、投資して運用することによって、その価値を増やすことができる資本であるとする考え方です。
 
3つの経営資本である「ヒト・モノ・カネ」の1つであることから、人的資本と表現されます。能力や技能の蓄積には、時間とカネの投資は不可欠です。その結果として、将来の生産性向上を獲得できるという構造となっています。

2.人的資本が注目される背景

人的資本が注目される背景として、先述した株価形成要因の変化に加えて、ESG(E:Environment、S:Social、G:Governance)投資への関心の高まりが挙げられます。
 
ESG投資において、E(環境)では脱炭素などが先行して注目され、ある程度対応が進みつつあります。そして、S(社会)の対応を進めていく、となった際に大きなファクターとなるのが人的資本です。投資家からの人的資本情報の開示圧力も高まり、2018年末には国際標準化機構(ISO)が、人財マネジメントに関する初の国際標準ガイドラインとなる「ISO 30414」を公表し、人的資本情報を定量的に開示することを提案しました。
 
また、日本政府も今年8月に人的資本の可視化指針を公表しました。なお、指針公表時点では未決定ですが、上場企業に対しては、人的資本情報の一部について開示を義務付ける形となる見通しです。加えて米国では、米国証券取引委員会(SEC)が2020年8月に30年ぶりに情報開示ルールを改訂し、人的資本マネジメント情報の開示を義務付けました。さらに現在、より踏み込んだ内容で、米国上院において同様の法案が審議中です。
 
近い将来、ISO 30414に沿った形で人的情報開示が法的に義務付けられることになる見通しというのが今のステータスです。

3.ISO 30414とは

ISO 30414とは、先述のとおり、国際標準化機構が2018年12月に発表した人的資本情報開示に関する初の国際標準ガイドラインです。
 
11領域、58項目のメトリックで構成されており、大企業または中小企業の企業規模に応じた内部開示または外部開示の対象の区分が示されています。人的資本の定量的な尺度を提供し、具体的な定義や計算式も明記しています。
 
1つの特徴的な点は、旧来コストと捉えられてきた人財を資本と捉え、人的資本に対するリターン(人的資本ROI)の視点を取り入れたことです。また、正社員にとどまらず、幅広い外部人財の活用、多様な働き方を視野に入れたトータルワークフォースの視点も特徴的です。

4.ISO 30414の動向

現在、ISO 30414の認証を取得した企業はグローバルで複数あります。日本国内では、唯一、人財コンサルティング会社である株式会社リンクアンドモチベーションが取得しています。認証を取得している企業は今でこそ少ないですが、人的資本の概念が転換していく中、ISO 30414を人的資源の情報開示やマネジメント基準に活用する動きが増えているのが現状です。
 
また、日本では岸田内閣が推し進める「新しい資本主義」の中で、人的資本への投資拡大が明言されており、それをサポートするような形で、例えば「人材版伊藤レポート」がリリースされています。人材版伊藤レポートには、ESG投資や人的資本の情報開示に通ずる内容が多くあり、ISO 30414の重要性を広く知らせる報告となっています。

5.ISO 30414の11領域・58メトリック(項目)

ISO 30414の11領域・58メトリック(項目)は以下の通りです。
 
①倫理とコンプライアンス(5項目)
苦情の種類と件数、懲戒処分の種類と件数など
 
②コスト(7項目)
総労働力コスト、外部労働力コスト、総雇用コストなど
 
③ダイバーシティ(5項目)
年齢、性別、経営陣のダイバーシティなど
 
④リーダーシップ(3項目)
経営陣やリーダーへの信頼、管理職1人当たり部下数など
 
⑤組織風土(2項目)
エンゲージメント・満足度、従業員定着率目
 
⑥健康・安全・幸福(4項目)
労災による時間損失、労災の件数(発生率)など
 
⑦生産性(2項目)
従業員1人当たりのEBIT・売上・利益、人的資本ROI
 
⑧採用・異動・離職(15項目)
採用にかかる平均日数、内部異動数、離職率など
 
⑨スキルと能力(5項目)
人材開発や研修の総費用、研修の参加率など
 
⑩後継者計画(4項目)
内部継承率、後継者候補準備率など
 
⑪労働力(6項目)
総従業員数、総従業員数(フル/パートタイム)など

6.ISO 30414の活用法

今後、ISO 30414に代表される人的資本の開示基準に対応していくのは当然の流れになります。一方、本質的には、この国際標準のガイドラインを内部マネジメントに生かさなければ意味がありません。
 
具体的には、経営戦略の方向性の確度、戦略を遂行していく上でのリスクなどを、58のメトリック等に則って数値化し、定点観測で追跡していき、例えばイノベーションを起こす上で必要なダイバーシティを進めるための環境整備などに反映する必要があります。
 
基準に従った開示を目的化する「やっつけ開示」「とりあえず開示」で終わるのではなく、内部マネジメントに生かすことが本質的には重要と考えます。

7.まとめ

人的資本の国際基準となるISO 30414は、近い将来、日本政府が求める開示基準として組み込まれて行くでしょう。定められた開示基準を満たすことを当社は“規定演技”と称していますが、それだけでは企業の独自色を打ち出すことはできません。企業独自の強みや戦略を打ち出すには、規定演技を越え、ISO 30414を基に、企業が大切にする経営理念や経営戦略に紐付けた独自の指標・数値を設定した“自由演技”が求められ始めています。
 
当社は指標・数値をKPIとして定点フォローし、それを基に内部マネジメントのPDCAを回していくことが、経営の根幹を担う人的資本の価値向上に直結すると考えています。

この記事の執筆者

小宮 泰一
小宮 泰一
株式会社レイヤーズ・コンサルティング
HR事業部
ディレクター

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