変革できない企業は生き残れない
~ダイナミック・ケイパビリティとは(前編)~

今日の世界は、VUCAと呼ばれる不確実な時代です。
こうした世界で企業は変化し続けなければ生き残れません。変化し続けると言うことは、環境が目まぐるしく変化する中で、常にイノベーションを生み出し、そのイノベーションで変化を乗り切るということです。
 
今回は、VUCA時代においてイノベーションを生み出し変化し続ける経営を実現するポイント(前編)をご紹介します。

VUCAの時代の経営理論:ダイナミック・ケイパビリティとは

今日の世界は、VUCAと呼ばれる不確実な時代です。VUCAとは、Volatility:変動性、Uncertainty:不確実性、Complexity:複雑性、Ambiguity:曖昧性から取った言葉です。また、世界がネットで繋がり、小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながる世界(バタフライ効果)、とも呼ばれています。

こうした不確実性が著しく高まっている世界で、日本企業はどのように対応して行けば良いでしょうか。
経済産業省は「2020年版ものづくり白書」において、不確実性が著しく高まっている世界で、日本の製造業はどう進むべきか、この課題を考えるに当たって注目すべき経営理論としてダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)を取り上げました。

そこでは、経営理論における「ポジショニング論」と「資源ベース論」の2つの限界を指摘しています。
マイケルポーターに代表される「ポジショニング論」は、産業構造や業界の状況が企業の戦略行動を決定し、更には企業の業績を決定するという理論です。しかし、多くの実証研究から、同じ産業や同じ業界の内部でも企業の戦略行動や収益率に差異があることが明らかになっていることから、その限界を指摘しています。
また「資源ベース論(リソース・ベースト・ビュー)」は、企業の戦略行動や業績を決定しているのは産業構造や業界の状況ではなく、企業内部にある固有の資源であるとし、自社の強みである固有の資源を利用する能力(ケイパビリティ)こそが、企業の競争力の源泉であるとしています。しかし、そのような企業固有の資源(自社の強み)もまた、環境や状況が変われば不適合なものとなり、企業の硬直性を招き、かえって企業の弱みへと転じかねないと指摘しています。

「ダイナミック・ケイパビリティ論」は、デイヴィッド・J・ティース教授によって提唱された経営理論です。ダイナミック・ケイパビリティとは、環境や状況が激しく変化する中で、企業がその変化に対応して自己を変革する能力(企業変革力)のことであり、今日のように世界の不確実性が急激に高まっている時代において、有効な経営理論としています。

ダイナミック・ケイパビリティとオーディナリー・ケイパビリティ

企業のケイパビリティは、「ダイナミック・ケイパビリティ(企業変革力)」と「オーディナリー・ケイパビリティ(通常能力)」の2つがあります。

【図1】オーディナリー・ケイパビリティとダイナミック・ケイパビリティの相違点

ダイナミック・ケイパビリティとは

ダイナミック・ケイパビリティとは、環境や状況が激しく変化する中で、企業が環境や状況の変化に応じて、企業内外の資源を再構成して、自己を変革する能力(企業変革力)のことです。

オーディナリー・ケイパビリティとは

オーディナリー・ケイパビリティとは、与えられた経営資源をより効率的に利用して、利益を最大化しようとする能力のことです。換言すれば、ものごとを洗練し精緻化し行っていく能力です。オーディナリー・ケイパビリティは、労働生産性や在庫回転率のように、特定の作業要件に関して測定でき、ベスト・プラクティスとしてベンチマーク化され得るものです。日本企業の製造業の多くが保持し、競争優位の源泉と信じているものです。

上澄みスープに例えると

ダイナミック・ケイパビリティとオーディナリー・ケイパビリティを、スープを例に説明します。
新しい味の上澄みスープをつくる場合、新しい具材や調味料(経営資源)を見つけて組合せ、それらを調理し撹拌や過熱して作ります(ダイナミック・ケイパビリティ)。
未だ味の粗いスープのベースが出来上がると、火加減し、味を整え、適度に撹拌しながら、時間を掛けて、雑味のない上澄みスープを作ります(オーディナリー・ケイパビリティ)。ここではインプットとアウトプットの生産性が測れます。

ここから(環境の変化で)新しい別の味のスープをつくるにはどうすればいいでしょうか。
また、新しい具材や調味料が必要になります。今までの具材や調味料が生み出したスープや別の具材や調味料を組合せ、それらを調理し撹拌や過熱を行うことにより、新しいスープの元が生まれます(ダイナミック・ケイパビリティ)。
そしてこれが出来上がると、火加減し、味を整え、適度の撹拌し、時間を掛けて、雑味のない別の上澄みスープができます(オーディナリー・ケイパビリティ)。
これを繰り返していくことが、企業が環境変化に対し常に変革し続けることになるのです。

次にダイナミック・ケイパビリティとオーディナリー・ケイパビリティの相違点を説明します。

「正しいことを行う」と「正しく行う」

ダイナミック・ケイパビリティは「正しいことを行うこと」であり、オーディナリー・ケイパビリティとは「ものごとを正しく行うこと」であるとも言われています。
ダイナミック・ケイパビリティは、環境や状況の変化に対応し、何のために(Why)、何が(What)が正しいことかを見つけ、正しいことを行います。それに対し、オーディナリー・ケイパビリティとは、その正しいことをいかに(How)正しく行うかと言うことです。
従って、ダイナミック・ケイパビリティは問題発見型能力といえますし、オーディナリー・ケイパビリティは課題解決型能力といえます。

【図2】「正しいことを行う」と「正しく行う」

変化への対応

オーディナリー・ケイパビリティは、効率性の観点から「ものごとを正しく行うこと」を洗練し精緻化していきます。
急激な環境変化が起こった時、それまでの正しいことが揺らぎます。ダイナミック・ケイパビリティは、この環境においては、何のために(Why)、何が(What)が正しいことかを見つけ、正しいことを行います。しかし、オーディナリー・ケイパビリティは、今までの正しいことを信じ、課題解決型でいかに正しく行うかとなり、正しいことを見つけ出せない(環境変化に対応できない)危険性があります。

【図3】変化への対応

日本企業が不確実性に対応できないリスクはここにあります。一般的にオーディナリー・ケイパビリティの高い日本企業だからこそ、環境や状況の想定外の変化に対し対応できず、一瞬にして競争優位を失いかねないのです。

取引コストへの対応

取引コストとは、取引を行うときの駆け引きを掛かるコストです。企業は、外部との取引コストが非常に高い場合、それを内在化します(企業の境)。また、人間は取引コストを削減するように行動し、取引コストの増大を嫌います。

オーディナリー・ケイパビリティは、効率性の観点から企業の取引コストを低下させていく行動をとります。具体的には、同じ価値観、同じ考え方、同じ手続などにメンバーの行動を揃えて行きます。
しかし、環境変化が起こると、「正しいこと」が揺らぎ組織内の取引コストが増大していきます。オーディナリー・ケイパビリティは効率化の観点から、取引コストの増大を認めず、環境変化を無視してしまう危険性があるのです。現状維持の方が短期的には取引コストが小さく経済的に合理的であるとの結論に陥ってしまうのです。

ダイナミック・ケイパビリティは、この取引コストの増大をいとわず、企業内外の資源を再構成していきます。例えば、M&Aのような外部との膨大な交渉もいとわず自らを変革していきます。

日本企業は、「忖度」に代表されるように取引コストを回避する傾向にあります。このことが、日本の変革力を阻害しているのではないでしょうか。

模倣可能性への対応

オーディナリー・ケイパビリティだけでは、持続可能な競争力を獲得することはできません。オーディナリー・ケイパビリティは、ベスト・プラクティスとして他企業がベンチマークしやすく、模倣されやすいということです。デジタル化が進んだ社会では、スピルオーバーといって模倣がより簡単になります。あるインターネット上のサービスが登場すると、類似サービスが挙って出てくる現象は日常的に目にしているのではないでしょうか。

従って、大切なことは、模倣されても、そのような状況を的確に察知し、競争優位がなくなったら、再度企業内の資源を再配置し、変革し続ける能力即ちダイナミック・ケイパビリティがあるかと言うことです。

以上のように今回は環境や状況が激しく変化する中で、企業が、その変化に対応して自己を変革する能力(企業変革力)としてのダイナミック・ケイパビリティ※のポイントをご紹介いたしました。詳細については是非お問合せください。皆様とともに、今日のような不確実性が急激に高まっている時代における企業変革を進めて参りたいと思っております。
※今回のダイナミック・ケイパビリティは、あくまで著者の解釈であることはご容赦ください。

参考文献
D・J・ティース「ダイナミック・ケイパビリティの企業理論」
経済産業省「2020年版ものづくり白書」

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この記事の執筆者

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