ERP導入の成否を分ける、
たった一つの「シナリオ思考」とは?
◆この記事の要約
ERP導入の成否は、要件定義書の厚さでもベンダーの知名度でもなく、「シナリオ思考」を持てるかどうかで決まります。部分最適の罠に陥らず、Fit to Standardを実現し、実機検証で全体最適を体得するためには、自社のビジネスを物語として描き、共有できるかが鍵となります。本稿では、成功企業が実践するシナリオ思考の本質と、その定着方法を解説します。
- ERP導入が失敗する真因=部分最適の罠
- 部門間の壁を壊す共通言語としてのシナリオ
- 実機検証(CRP)で勝ち取る全体最適視点とFit to Standard
- ビジネストランスレータ―=業務横断人材が企業の最高の資産になる
なぜあなたのプロジェクトは「部分最適の罠」に陥るのか
「テストが終わらない」「ユーザー検証で業務が回らない」。こうした問題の根底には、プロジェクトが「部分最適の罠」に陥っているという共通の原因があります。
営業部門は「今の見積画面を変えたくない」、経理部門は「この帳票レイアウトは譲れない」、製造部門は「独自の生産管理ロジックを維持したい」。各部門がそれぞれの業務の「部分」に固執した結果、システム全体としては、まるでつぎはぎだらけの服のように、整合性の取れないものになってしまうのです。これでは、受注から製造、会計までデータがスムーズに流れるはずがありません。この「部分最適の罠」こそが、プロジェクト終盤で致命的な手戻りを生む真犯人なのです。
【図1】稼働延期につながる「部分最適」の弊害
部門間の壁を壊す「共通言語」としてのシナリオ
この「部分最適の罠」から抜け出すための強力な武器が、「シナリオ」です。ここで言うシナリオとは、単なる作業手順書ではありません。「自社の典型的な商売のやり方」を、部門の壁を越えて誰もが理解できる物語として描いたものです。
例えば、「国内の代理店経由で標準品を受注し、在庫を引き当てて出荷し、月末に請求する」といった一連の流れが、一つのシナリオになります。このシナリオを「共通言語」として、ERPの標準機能をどう活用し、マスタデータをどう設計すれば実現できるのかを関係者全員で考えるのです。これは、ビジネスという「想い」を、システムという「形」に落とし込むための、いわば「翻訳作業」と言えるでしょう。この翻訳作業を丁寧に行うことで、初めてFit to Standardが現実的なものになります。
【図2】ERPの理解を深めるシナリオベースの検討ステップ
地図を手に、実際に歩いてみる。「実機検証」の絶大な効果
シナリオという地図が描けたら、次はコンパスを手に、実際にその道を歩いてみることが重要です。それが、実機・実データを用いた一貫シナリオ検証(CRP:Conference Room Pilot)です。
机上の業務フローを眺めているだけでは見えてこない問題点が、実際にERPを操作し、データを入れてみることで、次々と浮かび上がってきます。「このタイミングで在庫が引き当たらない」「承認プロセスが想定より複雑だ」…。こうした気づきを早期に得ることで、致命傷になる前に対策を打つことができます。特に、普段は接点のない他部門の担当者と一緒にこの「旅」をすることで、自然と全体最適の視点が養われ、部門間の壁が低くなっていく効果は絶大です。
【図3】BPMツールを活用した業務プロセスの可視化と改善
プロジェクトが生み出す最高の資産、「ビジネストランスレーター」の育成
シナリオベースのプロジェクトを推進する上で、最も重要な役割を担うのが、ビジネスとシステム、そしてデータの三つの言語を操る「ビジネストランスレーター」、すなわち業務横断人材です。
彼らは、現場の言葉をシステムの言葉に、システムの制約を現場が理解できる言葉に翻訳し、両者の橋渡しをします。このような人材は、一朝一夕には育ちません。だからこそ、プロジェクトの初期段階から、ビジネスに精通した現場リーダーと、システムに明るいIT担当者をペアでアサインし、シナリオ設計と実機検証の最前線で「学びながら作る」経験を積ませることが不可欠です。彼らは、プロジェクトが終わる頃には、単なる担当者ではなく、企業の未来を担う最高の「資産」へと成長しているはずです。
【図4】コア人材の早期参画がもたらす価値
未来への羅針盤を手に入れるための導入ステップ
ある中堅製造業では、このシナリオ思考を取り入れたことで、テスト期間を3割短縮し、稼働後の安定運用を早期に実現しました。彼らが実践した導入ステップは、決して特別なものではありません。
ビジネスシナリオの棚卸し: まず、自社のビジネスモデルを代表するシナリオを30本程度、徹底的に洗い出すことから始めました。
コアチームによるプロトタイピング: 次に、各部門から選抜されたコア人材が、そのシナリオを実機で動かし、課題を潰していく小さなスパイラルを何度も回しました。
全社展開と教育: そこで固まった「勝ちパターン」を基に、全社展開の計画と教育プログラムを策定し、スムーズな移行を実現したのです。
一見シンプルに見えますが、最初のステップである「自社のビジネスを客観的に棚卸し、最適なシナリオを描く」ことは、自社だけでは意外と難しいものです。長年の慣習や部門間の力学に、知らず知らずのうちに視野が狭くなっているかもしれません。専門家の客観的な視点を加えることで、思わぬ活路が見えることもありますので、ぜひ一度、皆様のビジネスについてお聞かせください。


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この記事の執筆者
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野路 令偉取締役
DX・ERP事業部 事業部長 -
渡邊 泰紀DX・ERP事業部
バイスマネージングディレクター -
林 佑樹SCM事業部
マネージャー -
尾亦 佑香DX・ERP事業部
マネージャー
職種別ソリューション




