肥大化するコーポレート機能を再構築せよ
そこで本稿では、機能別に散在する要求に対して、経営層とコーポレート機能横串で水準をすり合わせて、グループ横断で再設計するアプローチについてご紹介いたします。限られたヒトとカネを「全体最適」の視点から再配分し、適正なコーポレート機能へリビルドしていきましょう。
コーポレート機能はなぜ膨張したのか
ここ10年で日本の上場企業における本社部門人員は、各社の売上高成長を上回るペースで増え続けています。背景には「守り」の強化を求める外圧があります。2015年のコーポレートガバナンス・コード導入と、その後の改訂は取締役会支援やIR機能の高度化が要求され、2018年の働き方改革関連法は残業上限を設け、人員の増強でしか対応できない現場を生んでしまいました。さらに、ESG評価拡大と人的資本開示義務化が、人事・経営企画・IR/広報ラインに追加資料作成や指標管理を求め業務を増幅させています。
企業は各改正のたびに担当部門を増設し、既存組織の「付け足し」で対処している状態です。その結果、人事はタレントマネジメントと労務管理で二重運営し、経理はIFRSとサステナビリティ報告で重複システムを抱え、ITは個別最適のツール導入が乱立しています。全社視点で見ると、ガバナンス強化という同じゴールに向けたプロセスが部門ごとに並行し、間接費は雪だるま式に膨張します。一般管理費のコスト率の上昇は、企業価値向上を目指す経営の足かせとなりつつあります。
そのため次章では、外圧を生む4つの潮流について解説していきます。経営層がコーポレート機能を“戦略投資”として再定義する出発点は、まず現状を正確に把握し、膨張を招いた因果関係を言語化することにあります。
【図1】コーポレート部門が受ける外圧
外圧を生む4つの潮流
本社機能を膨張させる外圧は、上記【図1】のような主に4つの潮流から絶え間なく押し寄せています。
第1は「ガバナンス強化」です。コーポレートガバナンス・コードの度重なる改訂により、取締役会の実効性評価や報酬委員会の運営支援、社外取締役との情報共有基盤など、実質的に必須となる作業が着実に増えました。
第2は「ESG経営と情報開示の拡充」です。TCFD、ISSB、プライム市場のサステナ報告義務が重なり、環境データ収集やサプライチェーン調査、外部保証取得といった横断的なタスクが恒常化しています。
第3は「人的資本経営」です。労働市場の流動化に加え、人的資本に関する定量・定性情報を公開する義務が始まり、人事部門ではタレントマネジメント基盤の整備、リスキリング支援、ダイバーシティ、KPIの設定など、労務と戦略HRの二重運営が避けられません。
第4は「DXとサイバーセキュリティ」です。リモートワークの定着と生成AI利用拡大が、ゼロトラストやデータガバナンスなど専門対応をIT部門に常設させました。
これら4つの潮流は、それぞれ異なる規制や評価軸で企業に「必須対応」を迫るため、部門ごとの個別最適投資が積み重なり、結果として全社の一般管理費のコスト率を押し上げています。規制更新のペースは今後も加速します。外圧を横串で束ね、共通基盤に統合しなければコスト増は止まりません。
「仕方がない増加」と「膨張に無自覚な増加」を切り分ける
コーポレート部門の膨張を議論するとき、まず 2020年などの基準年のFTEとコストを棚卸し、その後の増分を2つに分類する視点が不可欠です。
第①の区分は「仕方がない増加」です。具体例としては、障がい者雇用率の達成、人員をともなう組織再編やM&A後の一時的な重複要員など、経営が短期的にコントロールしにくい要因が該当します。
第②の区分は「膨張に無自覚な増加」です。ガバナンス・コード改訂への対応や人的資本・ESG開示、DX推進など、部門が目的を持って人員拡充や外部調達を決め、無自覚なうちに、必要以上に増加していたケースを指します。
例えば人事部門は、①で障がい者雇用担当が+15FTE、②でタレントマネジメント推進が+10FTE、という具合にウォーターフォール図で“積み上げ”を示します。経理なら①にM&A後の整合プロジェクト要員、②にサステナ報告対応要員、ITなら①に統合インフラ保守引き継ぎ、②にゼロトラスト対応、と機能ごとに仕分けすると、「それは仕方がないから増えた」という言い訳が通用しなくなります。
さらに①部分でも、重複要員をどの時点で再配置・削減できるか、障がい者雇用を業務委託や特例子会社で吸収できないか、といった改善余地を定量で示すことで、議論が具体的なアクションへ進みます。
②については、対応が完了した後の縮小計画や、Tech投資による人員置換シナリオを併記し、拡充が恒久化しない仕組みを設計します。重要なのは 「仕方がない」と「膨張に無自覚」なコストを分けて可視化し、数値で対話するルールを敷くことです。感覚論や責任転嫁を排し、全社最適への道筋を描くための第一歩として、この分類と定量化を必ず実施しましょう。
【図2】コーポレート部門におけるコスト増の要因仕分け
成熟度レベルで経営を握る
コーポレート機能を最適化するには、経営層と各本部長が業務ごとに「到達レベル」を握るプロセスを設けることが必須です。当社が推奨するのは、成熟度モデル(レベル1〜5)を共通指標にする方法です。
【図3】成熟度5段階定義
まず、人事・経理・ITなど各機能について、当社の「業務×成熟度レベル定義一覧表」を活用し、「中期経営計画策定」「財務戦略策定」「債権管理」など項目単位で現状レベルを自己診断します。次に、「将来目指すレベル」を本部長および経営層ですり合わせながら決定し、投資優先順位を整理します。
【図4】業務×成熟度レベル定義一覧
例えば、「人事情報管理」は現状のレベル3のままで十分だが、サイバーセキュリティはレベル5を狙う――といったことをすり合わせ、またレベルを上げる場合には、どのような姿になっているかを明文化していきます。そうすることで、経営層と本部長での目指す姿のすり合わせが可能となります。
そのうえで、実行形態の選択も並行して検討します。
1)自部署で内製
2)グループ共通のシェアードサービスセンター(SSC)に集約
3)アウトソーシングによる外部化
「目標レベル×実行形態」の検討を実施し、人員・コスト・リスクの3軸で事業価値を比較することで、根拠ある意思決定が可能になります。こうして「どこまで・誰が・どうやって」を具体的に合意すれば、各部門の言い訳や独走を防ぎ、全社予算を戦略投資へ振り替えるための土台が整います。
未来像から逆算した機能ごとの業務の分類
成熟度レベルを的確に設定するには、各本部が自らの存在意義を再定義し、10年後の姿を描き、バックキャストで3年後のありたい姿を描写することが重要となります。まず経営陣と本部長が協働し、「ミッション(何のために存在するか)」と、「ビジョン(10年後にどう評価されていたいか)」を言語化します。
【図5】業務再構築フレームワーク
次に10年後の姿を“定量+定性”で設計します。例えば、「決算を翌日クローズ」「サイバーインシデントゼロ」「人財ENPS+20ポイント」など、KPIをともなうゴールを設定します。そのうえで中間マイルストーンとして3年後の姿を描きます。「決算T+3日」「ゼロトラスト導入率90%」「離職率▲2pt」など、手が届く水準を策定します。
ここまで策定したうえで、具体的業務はどの業務を「高度化」し、どの業務を「効率化」するかを切り分けていきます。10年後の価値創出に直結する領域(例:データ分析、サステナ情報統合)はレベル4〜5へ向けて高度化し、自動化で差別化が起きにくいルーチン(例:支払処理、勤怠管理)はレベル3を維持しつつ、SSC化・外部化を進めます。この判断をミッション・ビジョンに紐づけて合意することで、「コスト削減=価値毀損」という誤解を排除し、戦略的に人材と資金を配分できます。
最後に3年後のロードマップを策定していきます。具体的施策をプロジェクト化し、体制を整えて進めていきます。そうすることで、各本部はビジョン達成へ向けた具体的活動に移れます。未来像から逆算したこの流れこそ、非常に重要となります。
具体的な説明については、お打合せを実施させていただければと思います。




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この記事の執筆者
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石井 哲司経営管理事業部
マネージングディレクター
税理士 -
髙橋 那月経営管理事業部
シニアコンサルタント
職種別ソリューション