活力マネジメントで企業を加速せよ
~HRBPが導く組織活力~
真に価値を生む人事へと進化し、人材と組織のポテンシャルを極限まで引き出し、競争優位を築くヒントになれば幸いです。
※本稿の見解はすべて執筆者個人のものであり、所属組織の公式見解を示すものではありません。
人事の使命再定義
「人事は制度を作る部門だ」――この思い込みが組織の可能性を閉ざしています。そもそも制度は、経営戦略を実現するために人と組織の行動を“補助”する装置にすぎません。にもかかわらず多くの企業では、人事評価表の項目を足し引きし、等級の段階を細分化することが仕事の中心になってしまっています。結果、現場は形式点検に追われ、事業のスピードと活力が低下します。
あるアミューズメント企業では、改革に着手する際、まず取り組んだのは「人事の使命は何か」を再定義するワークショップです。経営陣と人事が一枚岩になり、「我々は人と組織から最高のパフォーマンスを引き出す活力エンジンである」と言語化した瞬間、議論の軸が制度ではなく「活力の創出プロセス」に移り変わりました。使命を再定義することで、人事部門はアドミンからストラテジストへ生まれ変わるのです。
再定義の後、全社のKGI・KPIも「制度完遂率」から「エンゲージメント指数」「新価値創出件数」へとシフトしました。制度書を書き換える前に、まず人事の使命を言語化する、それが最初のレバーです。
読者の皆さんも、いま自社の人事ミッションを説明できるでしょうか。もし「評価制度の公平運用」などとしか表現できないなら、黄色信号です。人材獲得競争が激化する時代、制度の優劣で差別化する余地はほとんどありません。求められているのは、人のエネルギーを戦略に直結させる推進力です。本章で伝えたいのは、制度を語る前に「何のために」を語り切ることです。その問いへの答えが、人事部門の存在価値を決めるのです。
【図1】人事の使命を再定義するワークショップ
制度依存の罠を解く
給与体系や評価基準を「抜け道のないルール」で固めれば公平になる――そう信じた瞬間、組織は制度依存の沼に沈み始めます。そもそも制度がゆるやかであればあるほど、部下一人ひとりの強みを見極め、状況に応じて裁量や報酬を調整できる「人を動かす力」がマネージャーに求められます。しかしこの力量が不足している現場ほど、管理を制度に肩代わりさせようとし、規定は年ごとに肥大化。人は「ルールを破らないこと」に意識を奪われ、挑戦や創造に向かうエネルギーを失います。さらに細則が増えるたびに例外処理が発生し、人事部は「規定の番人」として業務を圧迫される悪循環に陥るのです。
では、なぜルール強化に走るのでしょうか。背景には①評価エラーの怖さ、②短期成果を示しやすい指標偏重、③他部門とのバランスへの過剰配慮という三つの心理バリアがあります。ルールを増やせば責任が制度に転嫁され、失敗の矢面に立たずに済む、そういった無意識の保身が硬直化を加速させるのです。
罠から抜け出す鍵は二つだけになります。第一に、制度は「最低限の安全柵」に絞り、運用を現場に返すことです。役割と成果物を明確化し、プロセスは信頼と対話に委ねます。第二に、マネジメント研修や1on1コーチングで「活力を引き出す対話」のスキルを徹底して鍛えることです。1on1を毎週15分の“短距離走”に変えるだけでエンゲージメントを上げた事例を複数見てきました。
ルールを増やすほど自由が減る、この単純な因果を経営が腹落ちさせ、制度を「行動を支える薄い膜」へ転換できた組織から、驚くほどのスピードで活力が戻ってきます。
労働生産性の低い日本企業の実態
日本の就業者数は、6,700万人です。日本の就業1時間当たりの労働生産性はOECD加盟国38ヵ国中27位という結果があり、7位のアメリカは85.0ドル、9位のドイツは80.6ドル、27位の日本は49.9ドルという結果でした。日本よりもアメリカやドイツは生産性が40%以上高い結果となっています。
アメリカやドイツと、産業構造の違いはあるにせよ、日本はそこまでの大きな違いはあるのでしょうか。では、日本が、アメリカやドイツ並みの生産性となると、どのようになるのでしょうか。6,700万人の『生産性』を40%アップするわけですので、2,600万人の労働力が生まれることになります。
もう一つ、日本の就業者数の6,700万人のうち、女性はどのくらいでしょうか。実は3,000万人です。この数値を踏まえて次のお話をしていきます。
2024年の6月に発表された、『ジェンダーギャップ指数』です。世界経済フォーラム(WEF)が、男女格差の現状を各国のデータをもとに評価し、日本は146か国中、118位で、ギャップ指数は0.663でした。男性と女性を比較してどのくらい活躍させているかという数値ですが、女性3,000万人に対して、活躍できる環境をつくれば、1,000万人の労働力がうまれることになります。
WBC決勝の前に、大谷 翔平選手が言いました。「憧れるのをやめましょう!」と。この記事を読んでいただいている皆様も、「ヒトが足りない」というのをやめましょう。生産性を高めれば、2,600万人、女性が活躍できる環境をつくれば、1,000万人の労働力が生まれてきます。
【図2】労働生産性を高め活躍できる環境を作り労働力をうむ
HRBPで現場を変える
制度と数値で人をまとめ上げる――そんな“バルク管理”型人事は、変化の速い現場では通用しません。HRBPの使命は、部門長・ラインマネージャー・メンバーのすぐ隣に立ち、一人ひとりを基点にドライブアシストを行うことです。まず社員全員の「活力温度」を測り、情熱を点火する仕掛けを現場に埋め込むことが重要です。狙いは仕事を“作業”から“挑戦”へ昇華させ、没頭=フロー状態を持続させることにあります。
鍵となるのがタイプ別診断です。性格傾向・価値観・学習スタイルを可視化し、プロジェクト立ち上げ時に相性の良い組み合わせでチームを編成することが重要となります。HRBPはリーダーと並走し、対話設計・役割分担・フィードバック方法をリアルタイムで微調整します。こうしてイキイキ動き出したチームを週次でモニタリングし、エンゲージメントと成果を同時にレビューしていきます。熱量が下がれば迅速に介入し、再び炎を灯す――これが現場を変える最短ルートです。
さらに重要なのは、経営の北極星と個々人のキャリアストーリーを重ね合わせること。会社が目指す未来像と個人が描く成長曲線が交わるポイントを見つけ、チャレンジ課題として提示していきます。目標が一致した瞬間、人は自らアクセルを踏み込み、チームは自走を始めます。HRBPは制度の番人ではなく、現場の走行推進システム――人を点ではなく線でつなぎ、チームを面で躍動させる存在なのです。
仕事のできるプレーヤーがマネージャーになって人に活力を持たせることが得意な人もいれば、残念ながら苦手な人もいます。その際にHRBPが隣にいてメンバーの情熱を点火させる役割を担っていきます。
【図3】HRBP:People Management機能強化
時代にあわせた人事制度へ
終身雇用と年功序列は、高度成長期を支えた功労者かもしれません。しかし“実力とスピード”が勝敗を分ける時代に、年齢で賃金が決まり、役職が与えられ、期限が来たら一律退場という設計はもはや足かせです。55歳で役職定年もいまだ残っている制度で、優秀なエンジニアを、外資が歓喜してヘッドハントしていきます。企業は優秀なエンジニアを手放し、国家は技術競争力を失います。
そもそも「高年齢=生産性低下」という前提はデータで否定されています。身体的作業が減り、知識集約型業務が中心になった現代では、専門知とネットワークを蓄積したベテランほどアウトプットが伸びるケースも多いです。にもかかわらず、定年という“年齢による強制排除装置”を温存するのは、自社で成果と貢献度を正当に測れないという宣言に等しいのです。
一方、入口にも大きな歪みがあります。新卒一括採用と一律初任給は「横一線の能力差が小さい」という昭和的前提の上に成り立つ制度です。入社初日からAI言語モデルを操れる学生と、初めてメールソフトを触る学生に同じ給与を提示すれば、前者はグローバル企業へ流れるのは自明です。採用広報に数億円投じても、制度が才能をふるい落としてしまえば意味がありません。
さらに、ビジネスサイクルが短縮する中で、定期異動という慣習は機会損失を拡大させています。ビジネスで最適なタイミングで最適な人材を集めなければいけない時に、定期異動の時まで待たなければいけない、といったことが万が一発生していたら勝ち残れません。
人事制度の刷新
では、どう刷新するか。第一に年齢・社歴から成果・スキル指標への報酬軸転換をします。即戦力には入社時点からマーケットレートで報いる一方、既存社員にはスキル測定を義務化し、上位資格取得や事業貢献を評価・報酬へ反映させます。第二に流動的タレントプールを常設します。定年を撤廃し、役割を柔軟に組み替える“社内ギグ”を設ければ、シニアの知見を必要部門がオンデマンドで引き出せます。第三にプロジェクト単位で配属を設計します。定期異動を廃し、プロジェクトのフェーズに合わせてメンバーをアサインし直すことで、最適なタイミングで最適なメンバーで業務を遂行していきます。
制度改革は痛みを伴いますが、放置すれば競合が才能と知識をかすめ取るだけです。優秀な人材に“理由なき退職”を強いる制度を残すか、それとも実力に報いる仕組みに賭けるか。決断の先送りが最大コストであることを経営は直視しなければなりません。
本稿を読み、「自社の制度は時代遅れかもしれない」と感じた経営者・人事責任者の皆さまへ。一度、フランクミーティングを実施させていただき、未来に残すべき制度と捨て去る制度を議論させていただければと思います。
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この記事の執筆者
職種別ソリューション